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Channel: 大八洲徘徊記
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摩耶山 (DiMAGE Z3)

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最近資格試験とかで運動不足だし、しっかり歩く日に決定。
近いけど行ってなかった摩耶山へ。


阪神電車で岩屋駅へ。
前に兵庫県立美術館で大河原邦男展を見た時に使った駅。他県で快速止まらない駅を何度も使うのは割と珍しいな。
しかしあの時とは逆方向、山手へと歩いていく。



とりあえず王子公園前の王子神社にお参り。
都市部のちょっとした神社、って感じで、境内もかなり駐車場に転用されてる状態。由緒書きなんかも発見できず、うーん?


その近くに横尾忠則現代美術館があるのだけど、まあ、私にはよくわからないのでパス。


横尾忠則の道を挟んだ向かい側、王子公園の南西隅に神戸文学館というのがある。

元々王子公園のところは関西学院だったそうで、そのチャペルとして建てられたレンガ造り。
関学が移転してもそのまま、戦争を超えて万博の展示施設になったり、文化センターになったり図書館になったりギャラリーになったり転用に転用を重ね、今は文学館。
2008年に登録有形文化財になった。

中は、神戸ゆかりの文学者について紹介する展示がある。
小規模なものだけど、イベントとして講演会やらをやってるような感じで、そういう設備があった。


何か食べてから王子動物園を一回りかな、カメラもズームが利くやつだし……と思ってたけど、たまたま駅から飲食店がほとんどないところを通ってしまったよう。喫茶店くらいしかない。
仕方なくそのまま、山手の方へ上がっていく。

しかし王子公園北側に学校がいくつかあって、女学生が降りてくるのとすれ違う形になったのだけど、歩道いっぱいに3人広がって明らかにこっち見てるのに避けようともせずカメラの入ったこっちのカバンを跳ね飛ばすとか、ふたり並んできてこっちが避けて植木の枝に突っ込んでもお構いなしとか、神戸の山手のお嬢さんというのは下々の労働者階級の者など石ころくらいに見えんのかしら。
私はちょっと、石ころというには大きすぎる岩石だと思うのだが……


王子公園北側の通りを東へ、摩耶ケーブルの駅へと歩いていく途中、こぢんまりした、ちょっと80年代のままっぽい感じの喫茶店が、洋食もやっててランチも出すというので入ってみた。
古いは古いけど、悪趣味なところもお高く止まったところもない感じのいいところで、おすすめらしいステーキ丼を頂いてきた。結構家庭料理っぽかったのも好し。



で、摩耶ケーブルの駅。

さすがに駅に辿り着くまでかなりの上り坂で、例によって過剰に体格がでかい私が体が重くて辛いこと。
10月というのにまだ真夏日が続いているこの日には苦しかった。



少し待つと、ケーブルカーが降りてきた。


ケーブル駅は、住宅地の中に突然現れるような感じ。
鉄道駅からバスが出ているから、普通はそれ使ってくるのがいいと思う。徒歩で来ると、住宅に紛れて場所がわかりにくいかも。

ケーブルカー自体はまあ、割と普通のもん。
ただ、山上の虹の駅に近づくにつれ、妙に傾斜がキツいような感じが。
調べてみると547パーミルのようで、キツイ方ではあるけど際立ってキツいってほどでもなかった。近畿だと高野山ケーブルのほうがキツい563パーミル。


ケーブル虹の駅からは展望なかなか。(しかしさらにロープウェイを上がった先が著名な展望台なので、ここからの写真は略)


東側に廃屋があるのはなんだろう。レストランかホテルでもやってたんかな。
そちらへの道は塞いでいたけど、「この登山道は使えません」と表示してあった。廃れた登山道でもあるのかな。


ここからさらにロープウェー。
この写真が入り口のように見せかけて、こっちは閉鎖中。なんかちょっと不思議な構造の駅舎で、地図で見ても上から見た形状が奇妙。


ロープウェーで空中散歩。
紅葉が進めばなかなかの景色になりそう。
今は神戸の町を遠望する。やっぱり細長い街よね。


上がり切るとそこは、掬星台という有名展望台。
夜景が売りだそうで、星を手で救えるほど見えるから掬星台なんて名づけたとか。



神戸空港方面。
天気はよかったんだけど、ちょっとモヤってるなあ。
空気の状態まで良いと、左手に和歌山まで見えるそうで。


山上にはサンテレビの電波塔らしいのが。
アナログ放送時代には、大阪湾を渡って南大阪までサンテレビ受像圏だったもんだ。

掬星台は展望がいいゆえに、他に余計なもの建てたりしていないので、一周りして山の方へ。
ここからバスに乗って六甲山方面へ移動することもできる。



10分ばかり山の方へ道を行くと、忉利天上寺というお寺がある。



入ってすぐ、軍艦摩耶の碑がある。
摩耶は川崎造船所で建造されたから、生誕の地は摩耶山から見えている。

大洗の那珂記念碑は知れ渡ってるけれど、他にも色々あるんだろね。
京都の乃木神社に、日露戦争時代の巡洋艦吾妻の記念碑、というか主錨を祀ってあるのを覚えてる。


さらに階段をあがるとこんな本堂。
日本では唯一、お釈迦様の母親たる摩耶夫人を本尊とする。
646年に、法道仙人という天竺の高僧が開いたという伝説がある。

お堂の中には、現代的な極彩色の摩耶夫人尊像がある。もうひとつ黄金の小さな秘仏があって、それも本尊。
このお寺は1976年に、賽銭泥棒の放火でほとんど全焼して、本尊も失われてしまった。
神社でもたまに賽銭泥棒の放火とかがあるけど、泥棒に入るにしても火をつけていく意味がよくわからんなあ。

堂内の回廊に、四国八十八ヶ所の各寺(だと思う)の和讃を呼んだ掛け軸が並べられていて、順に回れば巡礼できるようにしてあった。
和讃は各寺のご住職が詠まれたものなんだろうか、字も違うし、センスもかなり異なる。


えてして新しく堂宇が建てなおされてるお寺は、なんというかあまり味がない感じになってるとこが多いように思うけれど、ここはなんとなく品が良い。
カネがあるから建て替えたとかって話と、火災から再建中の天上寺ではそりゃ違うところもあるだろうけれども。


下りはケーブルカーを使わず徒歩で。

掬星台西側から案内に従って山道を降りていく。ちゃんと石段で整備されている。


といってもまあ、こんな感じではある。森林浴だねえ。
まだ昼の二時過ぎ、登ってくるハイカーも多い。



ほんの10分ほどで、放火される前にあった天上寺の跡地にたどり着く。
これは裏手にあった権現社あと。
火災で失われたものだから、石組みとか地面の舗装なんかは残ってる。


本堂跡。
このあたりは史跡公園として整備されるようになり、案内板やベンチなどが置かれている。

ケーブルカーの次のロープウェーは、当然かつてはこちらの方へと伸びていた。
遊園地なんかもあったそうで、天上寺が失われるとともにそのあたりの商売もやられてしまった。放火犯罪深いな。


少し下の山門は焼け残り、今もある。
火事から40年近く経ってるから、未整備じゃ朽ち果てると思うんだけど、しかし屋根から植物が茂りつつもあり、お寺が健在な頃ほどしっかり整備されてもいなさそう。


ここから、もう少し降りると道が分岐する。
左に行けば、ケーブルカー駅方面に。そっちがかつての表参道。
右に行けば、青谷道という兵庫方面からの参道。
せっかくだから、青谷道のほうへ。

こっちの道も整備はされていたが、多少は荒れたようなところもあり。
青谷川という川沿いの道なので、地下水が道を洗っているようなところがあって見るからに滑りそう。
距離も結構あって、登山道が終わるまで2400mの標識があった。(起点がはっきりわからんかったけど、多分天上寺山門かと思う)



半分くらいまできたところで、多少人間の気配がしてきた滝行場。
しかし、周囲に少し開墾された形跡があったり、滝行の施設かと思ったら表札かかった民家があったりして、どうも人が住んでるようだ。



青谷川は、見た目にも綺麗だし滝行がやれるくらい。
サワガニがいるから取るな、と看板があったが、サワガニは水質が良くないと生息しないはず。
水底が赤っぽいのは鉄分かな。


微妙にホスピタリティの痕跡があるが、通る人多かった時代もあるのかな。


神社があった……と思ったら、大龍院岩屋滝講とある。
神仏習合時代からそのままの格好でやってんのかしら。

ここに近接して、登山会の施設が並んでいた。
卓球場まで備えている豪華さだったんだけど、有名なんだろうか。


麓に辿り着いた頃には3時半になっていたので、だいたい1時間半くらいの路程。
久しぶりに歩いて、しかも山下りだから、何時ぶりかの筋肉痛。



アヒル閣下に拝謁 (KD-200Z)

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全国を旅するアヒル閣下がまた大阪にいらっしゃったと聞き、拝謁の光栄に預かってきた。


ちょっと前に入手していたのだけど、メモリーカードのトラブルで長らく使えなかったコニカKD-200Zを持ち出し。




水都大阪フェスの会場、いつもの中之島には、今回は北浜から。
清々しい好天と、前日ほど暑苦しくない気温で実に行楽日和。閣下の威光には天候も遠慮するのであろう。


まずはバラ園。
しかしまー、あんまり寄れないレンズであった。
ワイド端でもテレ端でも撮影倍率はあんまり変わらなさげ。それに、テレ端だと逆光が画面全体のフレアになる感じ。


この巨大ボーイの眼前は広場で、フリーマーケットが開かれていた。
わりと上品なフリマ。主に子供服とか売ってる感じで、うさんくさい業者とかは紛れ込んでない。
長年あっちこっちのフリマを渡り歩いて、いつしかガラクタみたいなもんばっか売るようになった人とかが居てくれる方が、私は楽しいんだけど。

ワイド端だと画面全体のフレアになるよりは、ゴーストが出ちゃう感じかな。

この先は屋台村があって、いかにも酒のあてになりそうな焼き鳥やら焼き肉やらと、世界各地のビールを出す店があった。
昼食とってないので心惹かれるものはあったのだが、がめつい大阪人らしく、ちょっとこーゆーのは割高やからなあー、と心を鬼にしてパス。

そして中之島の東端に至って、西向きに折り返し。

入ってきた難波橋を超えると、文化的なことをやってるエリアがあった。
囲碁とかモノポリーの他、存在感があったのが摩訶大将棋の展示。大阪電通大がやっていた。
19x19の盤面に192枚のコマが飛び交うウルトラな将棋。それを現物と、タッチパネルPCを使ってのデジタルで遊べるように。
私は普通の現代将棋すら他人に勝ったことがないレベルの弱さなので、見た目に興味は持ってもそれ以上はどうしようもないのだけど。


中央公会堂。
この前にも屋台が出ていて、ワイン屋台とお好み焼き屋台が隣り合っていたのが妙に印象的。

中央公会堂横を通って市役所の方へ行く途中、とうとうサーターアンダギーの屋台に捕まってひとつ購入。サーターアンダギーには敵わない。あれは人類最強のスナックの一つだ。


それから、インドびとらしいエスニックな屋台で、ナンドッグやらチャイやら売っていた。
写真じゃよくわからないが薄いピンクで、ローズチャイだったか。飲むと花の香りがする。

さらに西へとぶらぶら歩く。
四ツ橋筋より西に中之島を歩くのは初めてか。


淡路島の宣伝ペイントがビルに施されていた。
東浦町というたら、三洋電機創業者の井植歳男氏の出身地ですね。平成の大合併で今は淡路市に。

世界平和大観音はわりに有名だから存在は知っていたけど、2006年に潰れていた。
ちょっとヘンなイロモノ観光スポットだったそうで。そうと知っていれば行ってみたのにw

途中で国立近代美術館を通り過ぎた。
今やってる「貴婦人と一角獣展」は割と評判がいいようで、同行の友人も興味を示していた。
私は近代美術さっぱりわからんし、「貴婦人と~」展は中世の絵の展示だとはいえ、近代美術のセンスで選んでるとなるとどうもなー……と、この唐突な近代美術館の悪口は後の伏線。

さらにどんどん歩く。
「桂文珍って今どんな名前に変わってたっけ」「文珍師匠はもう亡くならはった」(調べてみるとまだ健在だし名前も変わっていない)
「桂ざこばって今なんて名前やっけ」「変わってない」(調べてみると変わってない)
「桂南光の前の名前ってべかこでよかったっけ」「違うやろ」(調べてみるとべかこでよかった)
なんて話していたら、水都大阪フェスのパンフレットの地図に「雑喉場魚市場跡」というのが書かれていて、これがざこばの名前の元ネタかー、と新たな発見をしていた。

ついに中之島西端まで到達したが、しかし閣下が見当たらない。
北岸に何やら人混みと、流れてくる音楽が聞こえるが、あっちに閣下は見当たらない。
地図に従って南岸に。


閣下!
さすがの存在感。

前方に回って拝謁できるとのことで、回ってみると。


動物たちも閣下に拝謁すべく集まっていた。
一枚板のハリボテに白黒塗装を施しただけなんだけど、写真に撮ると立体感もって写る。


これがなかなか良くて、色んな角度から絵になる写真が撮れる。もしかすると、絵になるように配置なんかも工夫されているのかもしれない。
さり気なく動物の裏に椅子を置いてあって、それに座ると動物に乗ってるように見えるようになってたり、細かい工夫が小粋。

以前はアヒル閣下は北浜あたりに置かれていて、行きやすかったが、ただ浮かんでいるだけという感じはあった。
今回は中之島の西端なんて、鉄道のあらゆる駅から遠い通行の不便なところに閣下を移し、なんだってそんなところにと最初は不満があったのだが、こういうナイスな展示の仕方をするためだったらまったく好し。今回のはいい仕事だ。
一種の現代アートだろうけれど、初めて現代アートの面白さを感じたように思う。
(現代アートなんて、絵の具叩きつけただけのキャンパスに「これは宇宙の深淵を表している」とか言いはって、それを身内ボメしあってるような謎の世界だろ、という偏見が私にはある)


まったく閣下、イケメンである。


近くにはまた屋台村。大起水産が寿司の屋台を出していて、さらにカレイやうなぎなんか入れた水槽で子供に魚を触らせていた。もう魚が疲れ果ててぐったりしてたのだが……


また、体中にミラーを貼った謎の男と、表面をミラーで埋めた車が展示されていた。何者だ。


今回も閣下カーはちゃんと居た。



今回のKD-200Zはというと。
メモリーカードのトラブルで長らく使用不能だったというのは、1GBとか2GBの大容量SDカードを使おうとすると、起動に1分・撮影後の記録に40秒とか、異常なほど動作が鈍重になる。
フォーマットに細工して128MBくらいに容量を制限したりしても全然ダメ。
先日、偶然にも128MBのminiSDカードの売れ残りを発見し、これでやってみたら普通に撮影出来た。

2001年の製品で、兄貴分のKD-300Zは京セラのFinecam S3のOEMっぽい製品だったけど、KD-200Zは特に類似品は見当たらないような。自社仕事かなあ。
(と思ったら、ミノルタDiMAGE E203そっくりとか。共同開発か、あるいはOEMを受けたか出したか)
1/2.7型200万画素CCDに、35-105mmF2.8-4.6の3倍ズームレンズ。
時代を考えればわりとコンパクトで、CR-V3もいける単三電池2本仕様。

操作系はちょっと風変わりで、スイッチはモードダイヤル兼用。
動作は、時代を考えれば普通か。3~4秒くらいで起動する。書き込みも、128MBであれば数秒。
モードダイヤル兼用で、右回しで撮影・左回しで再生だから、撮影→再生の間にスイッチオフを通る。が、すっと回せばいちいち電源オフ動作をせず、撮影・再生を行き来できる。

マクロやセルフタイマーなどのあって当然と思われるボタンがない。
これは、[MODE]ボタンだけで操作する。
最初は[AUTO]にインジケーターがあり、MODEを押すごとに赤目抑制・強制フラッシュ・夜景・フラッシュ禁止・遠景・マクロ・セルフタイマーと変わっていく。
で、その次はセルフタイマー+赤目抑制……と一周回る。
電源を切ってしまうとAUTOに戻るが、MODEを1回押せば電源を切るときに設定されていたところに戻る。

それから[PICTURE]というボタンがあって、画質モードをSUPER FINE / FINE / ECONOMYに切り替える。順に200/130/35万画素モード。
現代ではこんなもんメニューに押しこむのが当たり前だけど、2001年当時なんて、32MBとか64MBのメモリーカードを使うのが当たり前。こまめに変えて空きメモリーを稼ぎたかったのだろう。
ちなみに画像サイズは、スーパーファインで1枚300KBくらい。

合理的な操作系ではないかもしれないけど、起動時に液晶がオフになっている仕様との兼ね合いと思えば、そう異常ではないと思う。
モノクロサブ液晶がついているので、そこだけでひと通りの操作ができる。そのおかげで、メニューで操作する項目へのアクセスのハードルが高い。
小型で廉価なモデルだからボタンも増やしたくないだろうし、それで全部MODEボタンに押し込む造りにしちゃったのかなと。


光学ファインダーは、まあまあ良い感じ。
たまに視野率70%くらいしかないようなファインダーのカメラもあるけど、これは液晶オフがデフォルトだけあって、まともなものを載せてある。フレーミングむちゃくちゃになったりはしない。

一方、液晶ファインダーで使うと、かえって使いづらい。
元々液晶の解像度も低いし、明るいとすごく見づらいし、色も青っぽい。TFDかなんかかなあ、と思ったら低温ポリシリコンTFTだって。低温ポリシリはもうちょっと良いものだったと思うんだけど……
で、AF合焦などのインジケーターは、液晶画面には一切出ず、光学ファインダー横のLEDでの判断になる。これがまた明るいとまったく見えない。
ローアングル撮影とか、特に液晶でないと辛い時でなければ、光学ファインダーで使うカメラだ。

2001年にしちゃ古臭い仕様だとは思うけど、サブ液晶までつけて光学ファインダー仕様にしてるってことは、それがいいと思ってやったんだろう。
実際光学ファインダーでは使いやすかった。


画質は……そんなにシャープに写るとかってもんじゃないな。特にテレ端が怪しい。
しかし、露出補正を一切していない(メニュー内でめんどくさい)割りには、なかなかよく見える映りになっている。
ホワイトバランスなんかも、まあ今回は条件が楽だったけど、まあ良い感じ。
色は意外と派手。KD-400Zなんかの色味もこんなんだったから、これはコニカの好みかも。


バッテリー持ちは意外なほど良くて、エネループ突っ込んで3時間・66枚撮った程度ではインジケーターは減っていない。
液晶使わないんだから、当たり前っちゃそうかもしれないけれど。


フィルムカメラから乗り換えて、フィルムカメラみたいな感覚で撮影するなら、かなり快適に使えるデジカメ。
メインストリームではないかもしれないけれど、よく作られている製品と思う。

戦艦レシピ(400/100/600/30) 202回の軌跡

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艦これも、私が着任した頃には5万人程度だった提督の数が、今では110万を突破。22倍か。

私は古手ということもあり、那珂ちゃんLv.99などネタ気味の非効率プレイングをしていても、先日5-3を突破。
攻略的には、イベントまで特にやることもなくなってしまった。

艦娘もあらかた揃った。
島風・雪風はもちろん、翔鶴・瑞鶴・瑞鳳もいる。鈴谷・熊野・伊58も前のイベントで獲得済み。
まだいないのは、大和はしかたないとして、三隈・初風・夕雲・長門だけ。

長門?

うん、前に42回回して出なかった時点で記事を書いたのだが、まだ出ていない。





202回のデータを集計してみると、以下のようになった。

デイリー任務で4回建造する日々を、2ヶ月近く送ってきたことになる。

42回時点では、戦艦の割合が23.8%だったが、202回やったら28.7%まで上がった。
重巡洋艦は、69.0%から64.9%に低下。軽巡洋艦は7.1%から6.4%に少し変化。
ただし、値は近づいても試行回数は大きく増えているので、統計検定量を求めると、前回以上にDB艦これの値との乖離は大きくなっている。(戦艦率で、前回-1.80のところ今回-2.18)



戦艦レシピで出る戦艦は、特に出現数に大きな差は見られない。
私が長門をたまたま引いてないだけで、本当はすべての戦艦が同じ確率で出る、ということも考えられるレベル。
陸奥が4回も出てるし、他の型式でネームシップだけ出にくい傾向もないあたりが怪しいよね……。

とはいえ、「どの戦艦でも等しく2.5%の確率で出る」と仮定すると、202回やって出ない確率は0.6%しかないんだけれども。


重巡洋艦の方には、かなり如実に差がある。
妙高型なんて、一日4回のうちに1回も出ない日のほうが珍しい。酷いときには、羽黒羽黒妙高羽黒、なんて日があったくらい。
古鷹型も出やすいようだけど、しかし青葉・衣笠はあんまり出ない。
鳥海・摩耶が多いかどうかは微妙なところ。


まー、こうして調べてみたところで長門が出るわけじゃないんだけれども……

艦これ11月イベント・E4激戦の軌跡(未完)

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まあ、戦艦レシピ200回以上回して長門を引かない程度には、あまり運に恵まれない私提督なのだけれど。



さすがにこれで9時間かかってE-4がダメというのは、愚痴のひとつくらい垂れてもよかろうと思うんだ。



イベント開始時点で、今回は夜戦が多いということで、割と有利な状況かと考えていた。
うちはLv.95の重巡洋艦が古鷹・加古・青葉、90直前の利根、75の筑摩、70の衣笠。さらにLv.99を誇る那珂ちゃんと、90の神通と川内がいる。
実際これまで、5-3で世間が阿鼻叫喚に陥っていた時にも、私はわりとしれっとクリアしていた。
まあ、勝てる編成にできるから当たり前といっていい。

イベントに用意した資源は、燃料・鉄鋼・ボーキサイトが25000、弾薬は36000ほど。
まあ、先を争って抜けるつもりではなかったので、イベント旗艦も長いし、適当に刻んで貯蓄しながらやればいいかなっと。
ダメコン9つと女神ふたつ、バケツは1000個以上。あんまり使わないからたまってた。
間宮も4艦。


E1は、もちろんあっさり抜けた。


E2は、やはりレベルがレベルなので、道中は苦労なし。
まあ、ゲージ削ってから少し粘られたが、困るほどではない。

しかしながら、この時のボス戦、夜戦フェーズでとにかくボスがターゲットにされない。
輪形陣だからそういうもんだ、と思ってはいたのだけど、突破した時にも夜戦を逃げ切られ、最後に昼フェーズ最後の雷撃戦まで粘られた。

編成は、古鷹・加古・青葉・衣笠・筑摩・利根のうち4隻と、那珂・神通・川内のうち2隻。
ほとんどボス直行ルートから逸れることもなかった。2~3回だけ。


E3は、ちょっと頼りないが、陸奥Lv.30ほど、金剛型Lv.50ほどを2隻、正規空母3隻(Lv.40~70)で行っていた。
途中で、戦艦出さなくてもうちの重巡なら十分、と気付いて変更し、重巡重巡重巡正空正空正空に。これでも特にルートがおかしくなるなんてこともなかった。
案外危なげなく突破できた。


で、燃料をちょっと回復させて25000としたところで、11月4日月曜日朝10時ごろから、E4に挑んだ。

最初は律儀にキラキラ二重掛けの上で、まあ丸一日時間もあるしゆっくりやろう、という調子でスタート。
編成は、金剛Lv.53・比叡Lv.54・古鷹Lv.96・加古Lv.95・青葉Lv.95・利根Lv.90。並びも、重巡が入れ替わることがあるだけで、だいたいこの順。
金剛・比叡は、46cm・15.5cm副砲・三式弾・33号対水上電探orダメコン。
重巡組は、20.3cm・20.3cm・三式弾・ダメコン。
うちの編成では、夜戦は明らかに重巡連撃のほうが高いから、後ろの方に高い攻撃力の艦を置く、というのもこれでいいはず。

決戦支援は、別にいらんかな-、と思いつつも、駆逐駆逐軽空母軽空母で砲撃支援を一応。


そんなこんなで、出撃してはキラキラつけなおし、というループ。

この時点では別に、トラブルというほどのこともなく。
飛行場姫撃破してS勝利、というのも時折あったので、戦力的にも問題無いだろうと。
早かったら14時くらいに終わるかなー、などと甘いことを考えていた。

また、編成のせいかどうか、私はボス前でルートを外れることがかなり少なかった。
ボス前までいってボスを外れた確率は、せいぜい2割そこらだったように思う。あまりボス前の羅針盤にやきもきしたことはなかった。
友人は10回くらい連続でボス前からハズレを引いた、と嘆いていたのだけど……。
もしかすると、大井・北上が外れやすくなるキーじゃないか……と、少ないサンプル数で妄想。私と他の人の決定的違いはハイパーズの有無だと思ったのだけど。

決戦支援が無駄かどうか。
実に2度も、決戦支援のおかげで飛行場姫を叩き切れるケースがあって、一応まだ資源にも余裕あるし入れてもいいかなと。
重巡多い編成なので、昼に移行するとあまりダメージ取れないという事情も。
結果的に、その2度のあと役立つことはなかった。

道中の陣形は複縦陣とした。
単縦陣のほうが攻撃力が高い気はしたが、どうせオーバーキル。
複縦陣のほうが、カットインで中破やかすり傷に押さえられることが多かった、気がした。
単横陣は、攻撃力下がる、被弾増える、ダメージも大きくなるという感じ。これはダメなんじゃないかなあ。
梯形陣もあんまり良いとは見えなかった。


15時頃、横鎮サーバにややエラー発生気味に。
しかしこの時は、キラキラつける作業やってる間に落ちるばかりで、出撃中に猫って引き返すことになったのは1度だけ。
こういう運はよかった。

この時点で、燃料残りは12000はあったはず。


エラーっぽい中、15時半にはあと1回ボスを叩けば終わりそうな感じに。
しっかり決めたいと考え、決戦支援の編成を、駆逐駆逐に筑摩・衣笠・榛名・霧島の留守番組をつけてみた。

しかしそれから4時半ごろまで、やたらと道中事故が連続。
キラキラつけながらやっていたので、試行回数自体は少なかったのだけど。

その後何度か失敗を繰り返し、16時50分ごろ、決戦に入った。
夜戦で2回叩けて、飛行場の耐久残り144で昼戦に。
が、ここで砲撃支援がボスにたった20しか入らず。
その後なんとか頑張ったものの、50ほど残して取り逃す。
思えば、この砲撃支援がカス当たりじゃなくて、これまでのように80くらい入っていてくれれば終了していたのに。

奇しくもこの瞬間、舞鶴の友人がE4突破。
こっちもゲージはなくなったし、もうすぐだろうと。


無駄に砲撃支援を重くしてしまったことで、燃料が9000くらいまで減少していた。
一旦、軽空母二隻の軽い編成に変更したものの、あまり役立たないと判断してようやく中止決定。

試みにキラキラ付けずに出撃したところ、やはり多少被弾は増えるものの、圧倒的に違うとまで思えなかったので、疲労回復だけさせて出撃する方針に変更。


……そこから3時間半、ひたすら、ボスと戦ってはボス以外を全滅させて終了、を繰り返した。

私の艦隊はなぜかボス前で外れることも少ないし、道中での大破撤退も、まあレベルがレベルだからかなり少ないはず。
だからボスにはちゃんと行っているのに、とにかくボスが終わらない。

6艦全員健在でボス戦に挑み、5人目まで綺麗に随伴艦を全滅させて、6人目の利根が申し訳程度にボスに撃つ、というような展開が異常なまでに多すぎる。どう見たって平たい確率ではないはずだ。
E2でもそんな感じはあったけれど、あれはまだ相手の陣形が輪形陣だからという言い訳も聞けるのだけど、E4は……。


燃料が6000くらいになり、さすがにまずい。
1-1に出撃して疲労を飛ばす、というのも控え、素直に間宮マーク消失+しばらく待機。
4個ある間宮も3個まで使った。
前に家具職人を買った時に400ptくらい使い残したので燃料に換えてみたが、たった1200と焼け石に水。

で、ずっと旗艦を金剛にしていたら、戦闘に入るたびに「コレでFinish ? そんなわけないでしょー」」と言いやがって、腹立って来たので旗艦を比叡に変更w


しかし溶ける燃料。
終わらないボス戦。
ボス3回撃ったら終わるのに、何回やっても随伴艦の大掃除ばっかり。
また、これだけボスにA・B勝利を繰り返しているのに、欲しいレアドロップはひとつもなし。衣笠が出た程度のもん。


そして、残り燃料454になった最後の出撃。


わざわざ最後がコレとは劇的なことよ。
(利根の砲撃のタイミングでスクリーンショット取れればよかった。でもまあ、重巡でしかも中破だとほぼ飛行場には通らないので、実質比叡の攻撃が戦艦に向かった時点でおわっていた)

もう少し早く無駄遣いに気付いて、決戦支援を入れる余裕が残せれば、それで終わっていた。
夜戦で飛行場を3回叩けたうち、古鷹と利根が道中で中破していなければ、それで終わっていた。



もう補給も修理もできない。
冒頭と同じ画像になるけれど、綺麗に燃料ゼロなんて着任以来初めてだ。
我ながらドヤ顔でつけた艦隊名があまりにも悲惨だw



まあ……言っても詮無いことなのだけど、今だけ言わせてほしい。
あれだけ弱い弱いと言われ続けた重巡洋艦、弱いからといってせいぜい改造できるLv.25くらいでほったらかしてた提督が、いざ重巡の見せ場たる夜戦マップが来た途端に「運ゲーだ!」と叫んでも、それは筋違いと思うのだ。
5-3やE2であれば、レベルの高い重巡用意したら、さして苦もなく抜けられた。別にLv.90でなくても、Lv.70ちょっとの筑摩や衣笠が十二分に働いていた。

しかし、このレベルの重巡並べて、これだけやって突破できなかったとあれば、あんまりな運ゲーだとくらいは言わせてほしい。
運ゲーだったら私が勝てるわけないじゃないか!
戦艦レシピ400/100/600/30を220回回しても長門出ないような提督だぞ!


とりあえず週中は資源回復にあてるとして、来週末やる気残ってるかな……
重巡4隻だと、昼に入ってしまうとほぼ飛行場を叩ける可能性がなくなっちゃうけど、金剛型4隻でいったりするほうがよかったのかな。うーん。

交通科学博物館 (Kenko DSC880DW)

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大阪は弁天町の交通科学博物館も、来年春には閉館の予定。
最後の曝涼展やらやってたりするので、閉館前に一度は行っておこうということで。

今日のカメラは珍しく新品新モデル、ケンコーのDSC880DW
なんというか、ケンコーのデジカメというと、カメラの良し悪しに露ほどのこだわりもない人向けの安売り品、さもなくば、懸賞とか景品とかで意図して選ぶのでもなく渡されるもの……というイメージがある。
それをわざわざ買ったというのは、レンズの焦点距離が1.8mm、ライカ判換算で14mmF2.8というウルトラなもので、こんなコンパクトデジカメは他にそうない。

で、当然ながら14mmなんて超ワイドレンズは使ったことがない。
フィルム時代を含めても、一番広いレンズで20mmだ。


で、指を写してしまった。
ちょっと油断すれば、右でも左でも上でも下でも写り込む。
ちょっと下向きに映せば、足も写り込む。


で、油断するとすぐ、こんな円周上の虹が写り込む。

ケンコーの商品紹介ページを見てもわかるけれど、レンズの周りにシルバーの輪っか状の装飾がある。これに反射して写り込むという次第。
カメラメーカーならこんな馬鹿な設計には絶対しないところなのだけど……。


で、これだけ広角だと、使い方がなかなか難しい。
0系新幹線がまるで首を曲げたかのように。
ただ広いだけじゃなく、結構歪曲収差があって、ぷち魚眼気味なのもなお難しい。


しかし、狭い運転席をばっちり収められる素晴らしさ。
たったこの程度の光源でもばっちり輪っかが出るひどさ。

ISO感度は、100から800まで選択できた。
博物館内の写真は大体ISO800だけど、意外と画質は頑張る。
センサーがCMOSで、別に暗所に強いといったものとは思えない、単なる安作りの半分トイデジみたいなもんに使うものだろうと思う。
昔のそういうものは本当に悲惨だったけれど、今は携帯電話やスマホに使うものとして、それなりに量産されて質もこなれてきたのかもしれないな。


光源モロ入りでこんな映りに。
レンズフレアもさることながら、ダイナミックレンジも狭くてハイライトが遠慮なくぶっ飛ぶ。

また、この写真はExifでは1/4秒のシャッタースピードとなってるけど、等倍で見たってほとんどぶれていない。
指を写しこまないようにつまみ持ちをして、結構重いシャッターボタンを押し、それで手ブレさせないような技術は私にはない。
もしかすると、ベース感度50で側光したシャッタースピードがExifに記録されて、実際はISO800相当の1/64秒で露光して16倍増感、とかになっちゃってるかも。


これもExifで1/4秒。
この写真がちょっとアンダーっぽいことも考えると、ISO800のExif 1/4秒が露出下限かも。それ以上に遅いシャッタースピードの写真はなかった。

なお、安物のCMOSセンサーのカメラは、センサーの読み出しに時間がかかる(だから動くもの撮ると曲がる)。
ということは、CCDやフィルム、良いCMOSならフラッシュは一瞬光ればいいけれど、安いCMOSだと、そのゆっくりした露光の間中ずっと光り続けなくちゃいけない。
すると、フラッシュを使うとものすごく電池を消費することが予想される。

そのせいだと思うけれど、このカメラは初めて起動したときからフラッシュ禁止がデフォルト。
まあ、強制オートフラッシュみたいな鬱陶しい仕様よりははるかにいいな。



屋外展示のC62。
本当にこれだけ広いと撮影が難しいな。


食堂車を転用したレストランがある。
ここも、来春には二度と入ることができなくなるので、入ってみた。
基本的に家族連れ客が多い博物館(展示自体は結構大人向けでマニアックだと思うんだけど)なので、カレーもごく甘口。給食のカレーみたいだ。

このカメラはパンフォーカスなのだけど、レンズが超広角だけあって、最短撮影距離は15cmからとなっている。
まあ、この程度の寄り方はできる。



義経号の実物。
真横からまっすぐ撮ると、歪曲収差が大きめなのがわかる。

色がやや水色っぽく転ぶのは、水色っぽいガラス越しの撮影だったため。
正直オートホワイトバランスはまったく信用していなかったけれど、基本的には補正不足はあっても補正過剰はあまりなさそう。許せないほど変な色にはならないか。


こんななんでもないカットのようでも、ここは手前が広場で大勢の子供が遊んでいる。
28mmとかだと、列車3両を全部収められる距離だと、子供がレンズの前を横切る。
14mmであれば、子供が入らないように撮るのはかえって楽だった。


やっぱちょい魚眼よね。


これは、大阪駅(三代目)の鉄骨だけを組み上げた模型。スケールは忘れた。
珍しく水平・垂直がだいたいよく取れた。うまくいくと面白い絵になるのだけど……。


交通科学博物館が閉鎖したあと、モノは梅小路蒸気機関車館に移されるらしいんだけど、立ち話している係員さんの話を耳にしたところでは、鉄道以外の展示品、シルバーピジョンとかスバル360DXなどのクラシックカー・バイクや飛行機などは行き場未定とか。
あくまで立ち話が聞こえただけだからオフィシャルな話でもなんでもないし、今後どうなるかもわからんけれども、惜しい話ね。



ぜんぜん関係ないが、天下の朝日新聞社様の新ビル。

ここで、一部の等倍切り出しをチェック。


ビルの感じを見ると、なんとなくジャギーがあやしい。
どうも、低価格デジカメって、500万画素とか800万画素とか言い張ってるけど、それは記録画素数であって、実際はより少ない画素数のセンサーから拡大して記録しているだけっぽいものがある。
これもねえ。拡大っぽいよねえ。

記録モードは、1600万・800万・500万・300万・VGAと選べる。
いい加減なテストしかしていないけれど、500万ならまあ、拡大くさいジャギーは一応消えるかな。
多分実態は500万か、もしかしたら、300万画素かもしれない。


また、レンズが少々偏心してるっぽい。うちの個体は、画面下のほうがボケ気味。
やっぱり製造レベルも厳しいか。


DSC880DWは、まあ、値段が約7000円ということもあって、かなりおもちゃデジカメに近い。
型落ちのカシオやパナソニックのローエンドモデルが7000円くらいで買える時代だから、ケンコーのような商売には苦しかろう。

同じくケンコーは、pixmo DSC180という5000円くらいのデジカメを売っている。
多分、これをベースに、付加価値を乗せていったのがDSC880DWだと思う。

DSC880DWは、小癪にも3m防水。
で、水中だと水と空気の屈折率の違いから、レンズが望遠寄りになってしまう。大体1.3倍くらいらしい。
だからレンズは広角の方が喜ばれる。そこに14mmなんてウルトラワイドを乗せれば、1.3倍にされたって18mmくらい。まだまだ超広角だ。

そして、もう一つ変な芸があって、液晶モニターが背面だけじゃなく、なんと前面にもついている。
自分撮りは、男の私にはさっぱりわからんけれど、女性がカメラを買うと実に98%の人がやる(当社調べ)
そして、自分撮りでちゃんとフレーミングができるようにするのは、昔からのアイディアの盛りどころだった。
ペンタックスは、液晶画面が左側のヒンジからくるっと回って前を向く、自分撮りにしか使えないバリアングル液晶のOptio 230を出した。カメラ前部に鏡を付けて、自分が写るようにしているものはいくつかあった。
前にも液晶を付ける、というのは、小細工の極北といっていい。

で、14mmという超ワイドレンズは、自分撮りでも腕をいっぱいに伸ばす必要もない。伸ばし方次第で、自分の写る大きさをコントロールできる。
あるいは、連れと一緒にふたりで写ることもできる。
建物などを背景にしたって、そっちもちゃんと写し込める。フレーミングは前面液晶で完璧にやれる。
昔コニカが、WaiWaiワイドという17mmの超広角を載せたレンズ付きフィルム、なんてものがあったが、あれもコンセプトは自分(たち)撮り


そう考えると、「防水」「14mm」「前面液晶」というトンデモじみた設計は、みっつ合わせると実にはっきり意図を持って作られたのが見えてくる。
ケンコーが考えたのか、中国のOEM先が勝手に企画だしたのかわからんけど、こんなん思いついて商品化しちゃうとは。素晴らしいな。
まあ、製造品質の頼りなさとか、レンズ周りの銀ピカ装飾とか、頼りない部分はあるけれど、こんな愉快なもん商品化してくれたのは痛快だ。

しっかりしたカメラとしてこういうの作ってると、やっぱり高くついちゃうと思う。RICOH THETAが5万円になっちゃうわけだし。
フィルムカメラだったら、アイディア一発勝負みたいな変態カメラが色々あるもんだけど、デジカメでもそういうことがやれる時代になんかもしれないな。


カメラとして駄目すぎて使いようがない、という心配があったんだけど、まあ、水準は低いとはいえ、そこまでひどくない。
画質もまあ、デジカメだと思えば悪いけど、携帯やタブレットのカメラなんかもっと酷いのいくらでもある。
撮影後の記録待ちとかも、別に長くない。
ちょっとレリーズタイムラグがある感じだけど、それはプレビューが出るまで落ち着いて待てばよし。AFなし・メカシャッターなしなので、いつシャッター切れてるかわからんせいもあるかも。


その他、細かいところ。

操作性がちょっと異様。
十字キーが存在せず、ズームレバーで上下、縦並びの4つのボタンの上ふたつで左右を操作し、決定キーはシャッターボタン。
と思わせて、再生モードではズームレバーで拡大縮小、拡大時はボタン上ふたつで左右移動・下ふたつで上下移動。
電源オンが、電源ボタン長押し(しかも1秒以上とかなり長い)というのが惜しい。結構待つ。電源オフも同じで、やっぱり結構待つ。

また、設定保持のキャパシタを持っていないようで、電池抜いたら時計が飛ぶ。
で、電池とMicroSDカードとMicroUSBコネクタが同じ蓋の中にいる。
どういう手段を取ろうと、データ転送をするときには時計が飛ぶ。
まー、防水パッキンを増やしたくないんだろうから、値段も踏まえると強くはいえないけれど。
なお、電池なくてもUSBケーブル挿したらカードリーダーとして動作する。マスストレージでドライバなどは不要。

電池は単4が2本。
amazon basicsの多分エネループっぽいのを、買ってそのまま入れて、ちょっとだけゲージが下がった状態のまま、4時間120枚くらい撮影して、減少は見られず。



極端に逆光に弱すぎるのは、まあ、超広角ゆえの仕方ない部分はあるとして。
装飾に関しては、メッキを剥いでつや消しブラックに塗装するのがよかろうと思う。
また、手でハレ切りすると少しだけフレアが減った気がするので、遮光加工ができるかもしれない。

うまく改造できたら、またレポート予定。

艦これ11月イベント・逆襲のE4

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突破しました。


前回のややツメが甘いところをしっかり引き締め直して、改めて臨んだら意外にあっさり突破。
リアルラックの足りないタイプの私は、できるだけ確率を高めて臨むべきだった、という話か。




燃料リカバーについて


まず、先週日曜日にちょうどゼロになっちゃった燃料のリカバーを、火~土曜の間にやらねばならんかった。
そこで、遠征の収益とコストを改めてちゃんと計算してみた。

艦の燃料・弾薬積載量や、遠征ごとの消費量は、各所の攻略Wikiなど参照のこと。

軽巡では、改造によって燃料消費が増える艦はほとんどない。
夕張だけ、改造前がやや少なくて、改造すると他とおなじになる。
(阿賀野型は今回はおいといて)

駆逐艦は、改造・未改造での差はなし。
島風は燃費が他よりやや悪く、満タンで燃料20。他は15。
睦月型は弾薬の燃費はいいが、燃料は他と同じ。

以下、特に断りなければ、軽巡洋艦は改造済みで燃料25/弾薬30、駆逐艦は燃料15/弾薬20が満タンとして計算。

キラキラつけて大成功を狙う場合、1-1に出撃して2回戦って戻ってきたとして、燃料・弾薬各4目盛り消費する。それで、遠征2回分キラキラがつく。
キラキラ1回あたり、燃料・弾薬2目盛りの消費ということになる。


警備任務 (20分・燃30/弾30/鋼40/ボーキ0・燃料消費3/弾薬消費2)


最小編成では、軽巡1・駆逐2の3隻編成で成功する。
キラキラなしであれば、1回あたり燃料+14。
キラキラを付けて大成功すれば、1回あたり燃料+18になる。
ただし、3隻では大成功しないことも多い。キラ付けのコストが-11になので、+3にしかならない。
かといって、4隻に増やすともっと利益が減る(キラなし+9、キラあり大成功+10)。

燃料を稼ぐんであれば、キラキラなしの最小編成で行くのが効率がいい。

海上護衛任務(1時間30分・200/200/20/20・5/0)


最小編成では、軽巡1・駆逐3の4隻編成で成功する。
キラキラなしで、1回あたり燃料+165。
キラキラ大成功で、1回あたり燃料+251。
4隻でもそれなりの確率で大成功するが、キラ付けコストは14なので、仮に大成功しなくても+151。
6隻にして確実に大成功を狙えば、+230。

燃料だったら、キラキラ6隻で大成功を狙うのがベターか。
弾薬もかなり儲かる。

タンカー護衛任務(4時間・350/0/0/0・5/0)


最小編成では、軽巡1・駆逐3の4隻編成で成功する。
キラキラなしで、1回あたり燃料+315。
キラキラ大成功で、1回あたり燃料+476。
4隻でもそれなりの確率で大成功するが、キラ付けコストは14なので、仮に大成功しなくても+301。
6隻にして確実に大成功を狙えば、+455。

これも海上護衛任務同様、6隻で大成功を狙うのがベター。

鼠輸送作戦(4時間・240/300/0/0・5/4)


最小編成で、軽巡1・駆逐5の6隻編成。
キラキラなして、1回あたり燃料+190・弾薬248。
キラキラつければ燃料+290・弾薬372。

鼠輸送は、「儲かるように見えて意外と儲からない」という説もあるけど、計算したら十分儲かる。

北号作戦(6時間・400/0/50/30・5/4)


最小編成で、航空戦艦2・駆逐4の6隻編成。だと思う。
キラキラなしで、燃料+275、弾薬-116。
キラキラ大成功で、燃料+425、弾薬-174。

弾薬を犠牲にしてもよくて、6時間以上間が空くときなら使えなくもない。


以上、画面を見ていられるときは、キラなし3隻の警備任務・キラあり6隻の海上護衛任務とタンカー護衛任務を回す。
睡眠や外出で長時間離れる場合は、キラあり6隻でタンカー護衛任務・鼠輸送作戦と海上護衛任務または北号作戦のどちらか。

また、10回遠征のクエストのために長距離練習後悔(30分)をやったりしてると、同時進行で警備任務やってても負けるくらい燃料が減る。注意。
急いでクエストを取りたいなら、練習公開か防空射撃演習のほうがやや赤字は小さい。



当日の戦術

土曜日の夜11時ごろ、燃料が22000まで回復したのを見て、E4に出撃開始。
日曜朝になってから開始するつもりだったけど、前回9時間で途中だったことを思えば、時間の余裕はあるべきかなと。

編成・並び順




並び順は、攻撃力が高い艦を後ろに置くほうが良い。
ボス戦で、後から攻撃する艦ほど、他の艦が排除されてボスへ攻撃する可能性が高くなる。

前回は金剛・比叡を前に置いた。
重巡組のほうが30以上レベルが高かったから、おそらく攻撃力も高いだろうと見た。
が、重巡が高雄型や妙高型あたりならともかく、古鷹型では攻撃力は高くなかった。金剛型のほうが高い。


他に、ゲージ削りのために駆逐艦4隻(Lv.50前後)+金剛型2隻で出撃してみた。
まあ、意外に駆逐艦が頑張るので、ボスにも到達できるしそれなりに削れもする。
ただ、古鷹型だと燃費が良いから、それほど大きく燃費が変わるわけでもなかった。
ボスへの打撃力は、カットイン頼りの駆逐艦より、安定の連撃重巡のほうが高いから、削れる量は多い。

燃料消費の多い航巡最上型しか使える重巡がいないなら、駆逐艦削りも一手かも。


他に、「空母混ぜるとボスへ攻撃する確率が上がる」といううわさ話が友人から入電。
実際このE4ボス戦は、どうにも確率をいじってるとしか思えないくらい、飛行場姫に攻撃が向かない。随伴艦大掃除ばっかり、あまりにも高い確率で起こりすぎる。
何かの条件で、飛行場を撃つようになる隠しルールがあるかも、とは思わせる。
史実のヘンダーソン飛行場攻撃では、帝国海軍が空母を出し惜しみして空の援護がなかったのが良くなかった、というような話も聞いた。

じゃあ、と赤城や飛龍を混ぜて出撃してみたけれど、うーん。
試行回数が少ないこともあり、はっきりとはいえないけれど、私の目には効果が見えなかったかな。



装備

重巡も戦艦も、砲・砲・三式弾・何か、となる。
何かに何を入れるべきか。
前回はずっとダメコンにしていた。

しかし、ダメコンは「ボス手前のマスでの大破」が「ボス戦で轟沈しない」という効果しかない。
そしてゲージが無くなってボスの撃破が条件になったら、大破艦があるままボスに挑んだところで、倒せない確率が高い。
そう考えると、削りには使えるけど決戦には使えない。
(夜中のプレイだから、寝ぼけて大破を見落としたまま進撃したときの保険にはなるけど)

よって今回は、削っているうちはダメコンを一応つけたが、決戦にはダメコン外して改良型艦本式缶をつけた。
効果があったかどうかはわからないが、気持ち程度には道中事故って撤退が減った気がしなくもない。

缶でなければ対水上電探だろうけど、連撃装備なら当たればほぼ一撃必殺で外すことも少ないから、別にいらないんじゃないかな。


また、前回は金剛型は46cmと15.5cm副砲にしていたが、46cmを2本に変えた。
別にミスが増えることもなかったし、飛行場姫へのダメージは上がったように思う。

重巡は前回20.3cmを2本にしていたが、試しに15.5cm副砲を2本にしてみた。数字上の攻撃力は同じで、命中は上がる。
しかし副砲2本では、かすり傷しか負わせられないことが多くなった気がした。
偶然か気のせいかもしれないけど、とりあえず20.3cmと15.5cm副砲に改めた。


キラキラ


つけるかつけないか。
今回は、最初から最後までずっと、キラ付けて出撃した。

どうしてもキラ付け1-1出撃が増えて、所要時間がのびてしまう。
特に、初戦で事故って撤退し、一気に3人キラキラが剥げたりした時には、精神的に沈む。

けれども、やはり事故率の低下が見られるし、攻撃時もダメージが大きい感じがある。
時間効率は悪化しても、資源効率ならおそらくキラ付けていくほうが良くなる。


その他


決戦支援はやっぱり不要だった。
削りのときにも、昼戦にもつれ込む確率を考えるとほとんどロスばっかで。

決戦になっても、結局夜戦で片付けてしまって。



結果

夜11時に始めて、朝6時半に終わったので、だいたい7時間半の所要時間。
ゲージがなくなったのは5時半で、そこまで時間はかかった割に、その後はすぐだった。

実は削っている間は、飛行場姫撃破は1回しかなかった。
それがたった1時間であっさり撃破の目が回ってくるあたり、今回は運に恵まれた。

燃料は8000残っていたので、消耗はざっと14000。
鋼材と弾薬も、だいたい1万ちょっとの消費で済んだ。
バケツも80個くらい使っただけ。


もう一回同じように出撃して、果たして7時間半で終わるか、燃料切れまでに勝利できるか、それは正直わからないけれども。
なんか、次やったら延々ハマり続けることも十分考えられる程度には運ゲーではあると思う。

まあ、私の場合はしっかり育った重巡がいたから、勝てる条件は備えていた。
あとは、好ましいことが起こる確率を上げられる行為、隊列や装備の見直しはきっちり行う。
悪いことが起こる確率を下げられる行為、無駄な決戦支援の廃止とかキラ付けもきっちり行う。
最後は、熱くならずに落ち着いてプレイを続ける。
そういうまっとうなプレイング以上のことはできないし、そうした結果が幸いにも良かった。


古いPCケースを外付けドライブケース化

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先日、デスクトップPCとサーバーPCを処分して、Ultrabookを1台だけ持つように絞り込んだ。

そうすると当然、家で使うときには外付けドライブがいろいろ欲しくなる。
Ultrabookでは、HDDやSSDも小さいし、光学ドライブもないことが多い。

で、USBで外付けする。

しかし、ひとつやふたつならともかく、数が増えるとめんどくさい。
USBケーブルも増えるし、ACアダプターも増える。

じゃあ、ということで、古いPCケースを流用して、ドライブケースにしてみた。


結論から先に


メリット

  • コンセントひとつですむ
  • USBひとつですむ
  • 単なるUSBデバイス扱いなので、取り外しも平気
  • ベイと電源が許す限り増設も可能
  • ひとつの箱にまとまる
  • 規格の古い電源ユニットでも使える
  • なかなか売ってない5インチ光学ドライブの外付けケースになる

デメリット

  • 安上がりなわけではない
    (大部分が流用でなければ高く付くし、ドライブを流用するなら残存寿命次第で新品買ったほうが結果的に安くもなりうる)
  • 場所を取る
  • 多分消費電力のロス大きい
  • USB2.0なので、転送速度はせいぜい20MB/sくらい


作業内容



今回の検体は、この実にふるくさいAopenのデスクトップケース・H300A。
もともとベアボーンキットの筐体で、2001年には単体販売もされた。

で、2001年という時代から、電源の仕様が古い。
SATA電源コネクターはもちろんないし、マザーボードへのコネクタすら20pin。
MicroATXマザーを入れることはできるのだけど、電源の制限でPentium 3世代までしか使えない。
しかも専用品だから、何か別のものを使うこともできない。
つまり、今となっては使いようがないケースだった。

電源は確か2005年ごろに新品を入れて、そのまま長らく眠っていた。
(当時ファイルサーバーにしようと画策したのだと思う。眠っていた状態で、マザーボードにAsus TUSI-M、CPUにVIA C3-700Aが入っていた)

とはいえ、ちゃんとHDDに電気を供給できる電源はついてる。
筐体も、ドライブを固定するためになら十分使える。


で、実際やったことは、何ら難しいことではない。

これだけ。

ケースの電源ユニットから、BD-REドライブとHDDに電源を供給する。
古いので、4ピンペリフェラルコネクターをSATAコネクターに変換するケーブルは必要。

USB-SATAコンバーターは、電気街などにいけば、データ移動などの仮接続用のものが売っている。
ただ、ほとんどはいちいちACアダプターが付属する。そりゃ、付属しないと単独で使えないんだから、当然といえば当然。
しかし、今回はACアダプターなんかもらっても邪魔になる。値段も高くなる。

amazonをよく探したら、まさに欲しいのがあった。

それを、USBハブに繋ぐ。ハブはこの際なんでもよい。
つながるHDDやドライブはすべて電源供給されているから、ACアダプターつきのセルフパワーハブなどは使う必要なし。

マザーボードを外していないのは、電源スイッチをつかうため。
CPUもメモリーも外せるものはすべてはずして、ブザーコネクターも抜いて(抜かないとエラー音がする)、電源コネクターとスイッチコネクターだけを繋ぐ。

まあ、明らかに電気の無駄になるので、気になるなら、上のようなスイッチだけを動作させるものが売られている。
マザーボードによってはスイッチとしてだけは使えないかもしれないので、その場合はこういうので。


使用感は……まあ、なんというか普通。
ごく当たり前のUSB外付けHDDと、ごく当たり前のUSB外付けBD-REドライブと扱える。当たり前。

電源切るときは、手動でスイッチを押してやる必要あり。
マザーがTUSI-Mだと、電源は長押ししないと落ちなかった。
PCがスリープしたらHDDの電源は落ちるのだけど、マザーボードへの無駄な電源供給は続くし、電源ファンも回っている。



ちなみに、写真では3.5インチオープンベイに何か入っているが、これはスーパーディスクドライブ
自分でも取り付けたのを忘れていたモノだった。
ATAPIだから、USB-PATA変換アダプターを噛ませばコレも稼働できる。
まあスーパーディスクのメディアなんか持ってないけどさ。フロッピードライブにはなるよ。

艦これ11月イベント・難なくでもないE5

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なんとか突破しましたよ。

世間様ではE4より楽勝だという噂だった。
けれど、うちの艦隊は戦艦の平均レベルが60以下で、重巡の精鋭組のレベルが90以上、という有り様。
そんな極端な艦隊であるうちからすれば、ひょっとするとE4の方がわずかに楽だったかもしれない。

資源消費は、燃料16000・鋼材12000、弾薬は気にしてなかったので少し怪しいが、12000ほどだったと思う。
ダメコン・間宮などの消費はなし。
E4突破時より多くの資源を食っていた。


巷では、E4は運の要素が強すぎるが、E5は考えて挑む要素が多くて面白い、という。
それは確かに、私もそう思った。

うちの艦隊の場合、戦艦が頼りなくて重巡頼り、しかも古鷹型・青葉型が主力、さらには大井・北上を育成していない、という状態。
ゆえに、攻撃力不足が目立っていた。
ゲージを削っている間、一度もボス姫を撃沈できなかったくらい。

ここで、「たまたまボス姫に攻撃が集中して勝利」が起こるまでひたすら再試行することになったE4と違って、E5では編成変更や決戦支援艦隊の投入など、やれることに幅があった。



ゲージ削り

艦隊編成

  • 古鷹改Lv.97 (15.5cm三連装副砲 x2 / 三式弾 / 酸素魚雷
  • 青葉改Lv.97 (15.5cm三連装副砲 x2 / 三式弾 / 酸素魚雷
  • 利根改Lv.93 (15.5cm三連装副砲 x2 / 三式弾 / 酸素魚雷
  • 筑摩改Lv.85 (15.5cm三連装副砲 x2 / 三式弾 / 酸素魚雷
  • 衣笠改二Lv.77 (15.5cm三連装副砲 x2 / 噴進砲 / 酸素魚雷
  • 金剛改Lv.68 (46cm三連装砲 x2 / 三式弾 / 33号対水上電探)
最初は衣笠改二ではなく、加古Lv.97を入れてたんだけど、どーにも火力が低い。
夜戦の攻撃力は火力+雷撃で決まるらしいけど、古鷹型は雷撃が低くて差が出る感じ。
高雄型とか妙高型、最上型がしっかり育っているなら、多少レベル差があってもそっち使うほうがいいかもしれない。

連撃狙いのために、主砲x2または主砲+副砲として三式+ダメコン、というのがセオリー。
しかし、聞くところによると副砲2本なら魚雷積んでもカットインではなく連撃になるそうで、試してみれば実際そうだった。
酸素魚雷の雷装+10のおかげで、夜戦火力が底上げされたはず。

今回は、私はダメコンは使用しなかった。
E4の決戦で考えたとおり、ダメコンの意義は「ボス戦前で大破しても進撃できる」というだけで、しかもその艦はボス戦では置物になるから戦力外。
だったら魚雷や電探で戦力を底上げすべきと判断。

今回はボス前まで夜戦で、ボスのみ昼からで、しかもかなり強烈な航空攻撃を仕掛けてくる。
なので対空兵装が必須と、事前にも聞いていた。
まあ、三式弾でいいと思うんだけど、三式弾は確率でしか発動しないらしく、一度二度、やたらとでかい被害を受けることがあった。
ひょっとすると、三式弾より噴進砲の方が安定するかもしれない。
少なくとも、噴進砲を混ぜたことで不利益はなかったし、対空効果もちゃんとあった。

決戦支援艦隊


  • その時キラキラついている駆逐艦2隻 Lv.25~40 (長10または12.7cm連装砲で全スロット)
  • 祥鳳改 Lv.62 (流星改 x4)
  • 千代田航改二 Lv.58 (流星改 / 流星 x3)
別に駆逐艦のレベルが高い低いで大きな差はなかった感じ。
悪いときはほとんど被害なし、いい時には浮き砲台1つ沈めて1つ中破、くらいの攻撃力。
浮き砲台ひとつ沈むかどうかで、夜戦までやってボスを殴れる可能性がかなり違う。
C/P日は十分よかったと思う。



以上の編成で、ひたすら支援を出しては出撃。
支援艦隊は、祥鳳・千代田のキラキラはつけず。駆逐艦のみキラキラつきのを出した。
(キラキラ駆逐艦は遠征要員としてストックたくさんあるので)

出撃艦隊は、キラキラは常備。はがれたら1-1を2週。
金剛型1隻の全高速艦編成なので、ルートは常に中央突破。
まあ、重巡組のレベルがレベルなので、途中で大破して引き返す確率は、多分4割もなかったと思う。

で、この編成で、削り切るまでボスの撃沈がなかったのは前述のとおり。


ゲージ終了後

艦隊編成

  • 古鷹改Lv.98 (15.5cm三連装副砲 x2 / 三式弾 / 酸素魚雷
  • 金剛改Lv.68 (46cm三連装砲 x2 / 三式弾 / 33号対水上電探)
  • 比叡改Lv.66 (46cm三連装砲 x2 / 三式弾 / 33号対水上電探)
  • 利根改Lv.93 (15.5cm三連装副砲 x2 / 三式弾 / 酸素魚雷
  • 筑摩改Lv.85 (15.5cm三連装副砲 x2 / 三式弾 / 酸素魚雷
  • 衣笠改二Lv.77 (15.5cm三連装副砲 x2 / 噴進砲 / 酸素魚雷
最終的に撃破に成功したのは、この編成だった。
というか、あまりこの艦隊の力で撃破した感じではない。
青葉を比叡に入れ替えたのも、なんとなく北ルートを試そうと思っただけ。

重巡が中心では、昼の間の打撃力に欠ける。
しかし、金剛型の戦艦なら昼間から打撃力が発揮できるかというと、別にそうでもなかった。
霧島Lv.50も加えた金剛型3隻で中央ルートに行ってみても、あまり戦果向上は見られず。

いっそ低速戦艦をがっつり組んでみようと思い、伊8 Lv.9・陸奥Lv.38・伊勢Lv.67・日向Lv.51・扶桑Lv.55・山城Lv.55で出してみた。
が、レベルのせいか装備不足か、思ったほど昼間に攻撃力を発揮しない。46cmは確か5つしかなかったか。
大和・長門・陸奥を高レベルで出せればいいかもしれないが、うちの場合は重巡の夜戦のほうがよほど威力的に頼れる。

しかし、Lv.30そこらの雷巡なんか出したって……というところ。
悩みながら、まだしも確率が高そうな編成は、結局削りの時と同じ、金剛型の数の増減くらいしかないな、と。

決戦支援艦隊

  • その時キラキラついている駆逐艦2隻 Lv.25~40 (長10または12.7cm連装砲で全スロット)
  • 伊勢改 Lv.67 (46cm x2 / 41cm x2)
  • 日向改 Lv.51 (46cm x2 / 41cm x2)
  • 扶桑改 Lv.55 (46cm x1 / 41cm x3)
  • 山城改 Lv.55 (41cm x4)
悩みながら、いまいち決め手に欠ける主力艦隊がいきなりあっさり突破できたのは、この支援艦隊が猛烈に働いたせいだった。
なにしろ支援砲撃だけで、浮き砲台3つを全滅させて、さらに2番めの姫を大破させた。
やった私がびっくりしたもんな。なんこれ、って。

あとはもう、主力艦隊は止めを刺すだけの仕事。
昼の間に姫を沈め、ボスだけ残して夜戦に入り、集中砲火で。


この猛烈な威力の決戦支援は、乱数がよほど良い方向に転がったのか、それとも何度かやってりゃたまには発生する程度のものか、それはよくわからない。
ほとんど決戦支援だけで勝っちゃったようなもん。

とはいえ出撃艦隊も、ボス到達率が高くて高コストな決戦支援をムダにすることが少なかった、という点では、ちゃんといい仕事はした。



これで、ようやく11月イベントの終点に着いた。

最後の最後、この突破時のドロップが陸奥だった、というのがオチだろうか。
戦艦レシピを220回やって、陸奥は5枚出ている。ドロップだけでも2枚目だ。
でも長門が出ていない。
そろそろ陸奥を見るたびにテンションが下がる状態なのに。


まだ阿賀野が出てないから、気楽にE3に艦隊を出して、出ればいいなーという調子で回してみるつもり。
三隈・初風・長波も掘れるといいんだけど。
長門も。

大和郡山 (CASIO EX-P600)

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近畿圏で行ったことのない街も減ってきたけれど、そう遠くないところで、大和郡山がまだだった。

カメラもちょうど、カシオExilim Proシリーズ初号機のEX-P600が手に入った。
超薄型小型モデルでヒットを飛ばしていたカシオExilimシリーズに、大型レンズを合体させた、なんとも異様な見た目の代物。
ぶっちゃけあんまり売れたとは思えず、私は新品が店頭に並んでいたのを最後に、使っている人も中古で売られているのも見たことがなかった。縁がなかっただけかもしれないけど。





JRで郡山駅へ。
近鉄のほうが街の中心に近いところにくるのだけど、そのかわり近鉄は乗り換えが多くなる。
今回は散歩目的なのでJRで。

駅で観光マップをもらって、まず駅からなんとなく北へ行っちゃおうかな。


駅前の公団住宅前に門がある。
大和郡山城の外堀を公園として改修したもので、ここが東北端。あとで南西端側にいく。


もうちょっと北で、良玄禅寺。
大和郡山藩の初代で、本多忠勝の孫にあたる本多政勝の菩提寺で、今も菩提所があるそう。


この芭蕉の「初時雨」の句碑は、1810年(文化7年)に建立されたもの。

良玄禅寺は門は開いているものの、果たしてどこが本堂でどこに手を合わせればいいかよくわからない。
この後、観光マップに載っているいくつものお寺を巡ったものの、多くのお寺が門を閉ざしたまま。(だから今回の写真はほとんど門前の写真)
開いていたところも、どういうわけかお堂の建ち方がよくわからなくてどれが何かわからず、あるいは本堂が締め切られていて浄財箱などもない、というところばかり。
まだまだ地元との結びつきが強くて(それは良いことではあろうと思う)、観光客に構うなんて余計なことをする必要はないのかもしれないな。


すぐ向かいに天満宮があった。
しかし入り口は鳥居ではなく瓦屋根のついた門で、写真の拝殿らしい建物も、およそ神社建築には見えない。なんでなんだろう。

ここから西の、古い町家が残るエリアに。
なかなか趣ある町家も多く見られたが、どうもまだ個人がお住まいのよう。


明治時代の洋風建築が、今でも小児科医をやっている。
もちろん和風の町家も多い。(今でも個人宅っぽくて写真は遠慮)


このあたりは、「内町十三町」といわれ、大和郡山城の外堀内側にあった。
それらの町が、「箱本」という制度で自治を行っていた。
治安(城門の木戸の管理)・消火(火消しや火の見櫓の管理)・伝馬(藩行事への馬の供出)を重要な任務として、それを各町が一ヶ月ごとに持ち回りで担当していたそう。
それに必要な特権が書かれた書状を朱印箱に納め、その箱を担当町が持ちまわっていたから箱本というと。
藩から権力が一部委任されるのはよくあると思うけれど、それを持ち回りにして特定の商家・農家が権力者にならないようにした仕組みか。


火の見櫓も建っていた。


ちょっと西に、春岳院というお寺。
戦国時代に豊臣秀長がここを治めていたが、その菩提寺。今でも位牌や肖像画が残る。
箱本制度は秀長が始めたそうで、その資料も残っている。


少し南東に行って、光慶寺。
天台宗寺院だったのが、平安末期の住職・光慶が親鸞上人に帰依して真宗に改まった。


ちょっと南に、紺屋川といわれる水路がある。
その脇に、かつて紺屋をやっていた町家が博物館になっている。
たまたま行った日が無料公開の日だった。

町家の展示……というのは、ちょっと旧宿場町とかに行くとよくやってるので、まあ「昭和の暮らし」あるいは「弥生時代の遺跡の発掘物」と同レベルの月並みなもの。
と思わせて、ここは特に紺屋だったことにスポットをあてて展示している。
まだ紺色の色素が残る大瓶やらがあったり、実際に紺染めを体験できる工房があったり。

また、大和郡山の名物といえば金魚。
金魚がらみの展示も、飼育法の歴史解説やら、「古い絵皿に描かれている金魚は現代とは明らかに異なるが、当時の飼育法から推察すれば本当にその姿だったかもしれない」といった面白い考察、金魚柄の器やら絵画などのコレクションと、小さいながらなかなか濃い。

今はこんな水路だけど、かつては多くの紺屋が軒を連ねて染め物をやっている場所だったそう。



地図で見ると広めの道だけど、実際は車一台通るのがやっとの細い道に戸惑いつつ、円融寺。

奈良には赤膚焼という焼き物があって、その中興の祖・奥田木白の墓所があるそう。
凝った造りのお堂らしいのだけど、この通り入れない。


そのちょっと東に、実相寺。こっちは開いてた。
のだけど、ここが本堂でよかったんかな……

知恩院の末寺で、慶長年間に建立。本尊の阿弥陀如来像は鎌倉時代初期の作。
かなりお墓が多かったから、檀家の多いお寺のようだ。門も真新しかった。


その東に、薬園八幡神社。
なかなかに年季の入った門だ。
社殿は桃山時代のものだそうだけど、門や拝殿はどうだろう。さすがにもっと新しいような。
ちなみに、なぜか拝殿の向かい合わせに社殿がある、またなんだか不思議な造り。

続日本記に、聖武天皇が奈良の大仏を建立するにあたって、豊前から宇佐八幡大神がやってきて、天平勝宝元年十二月十八日にこの地に鎮座したのが始まりとのこと。
それ以前に、このあたりが文武天皇によって薬園にされていたことから、この名前になった。



ちょうどこのへんに、外濠公園が横切っていた。
せっかくだから南西の方へ通り抜けてみた。

県道108号に出るので、ちょっと北に、県道144号(薬園八幡前の細い道)との交点に戻る。
そしてちょっと西に行って再び南下。


したれば、源九郎稲荷神社と洞泉寺の前に出る。
洞泉寺はこの通りなので源九郎稲荷神社へ。


源九郎って、源九郎義経のことね。
義経の家臣・佐藤忠信は実はこの神社の白キツネの化身だった。
義経が奥羽に逃れるにあたって、忠信=キツネに源九郎の名を与えて別れた。
秀長時代は、大和郡山城の守護神としていたそう。

日本三大稲荷のひとつ、と由緒書きにあったが、日本三大稲荷というのは自称しているところが3つではとても済まないそう。
行ったことがある中では、東大阪市の瓢箪山稲荷神社も自称していた。あそこは境内を隅々まで埋め尽くすような無数の鳥居がある異様な神社で、なんだかちょっと説得力もあった。
こちらは、ちょっと三大のひとつと言い張るのは、少なくとも「大」って感じじゃないかな。

この日に行った神社の中では、唯一、社殿の造りがオーソドックスな神社だった。


西方寺というお寺の隣に、なんだかよくわからない造りの神社。なんでこのへんの神社って変わってるのかな……。
宮内社、と額があったのだけど、なんだろう。西方寺の一部だろうか。

西方寺は例によって閉門していて、門構えも豪勢な寺ではなかった。
柳沢吉里が大和郡山城に入るとき、城の引き渡し役人が投宿していた寺だそうで、だったら昔はかなり大きかったんだろうけど。


ここまでくると、かなり近鉄駅に近い。
商店街が、意外にといったら悪いけど、活気がある。
ちょうど商店会がイベントをやってて、南都銀行の行員さんらしき人たちが、駐車場に屋台広げて五平餅などを売っていたのでひとつ頂いた。うまかった。

そろそろ食事するか、と、駅前の西友に入ってみた。
しかしこの西友がまた、「商店街から人を吸い上げる悪の巨大資本」という感じではなく、「最初はちょっとそのつもりもあったんだけど、ずるずる共存して30年過ぎちゃった」みたいな、昭和感たっぷりの佇まい。
5階がレストランフロアということで行ってみたんだけど…………なんだろう、出てくるものも80年代のままな気がする不思議なオーラに満ちていた。

オーラに負けて地下のフードコートに行ってみたら、これがまた、イオンモールの洒落たフードコートでは決してない、80年代のニチイやイズミヤのそれだった。
こういうフードコートにあるマクドナルド、ひそかに結構撤退しがち。私んとこの近所のはもう全滅した。
コカコーラ・ゼロを頼んだら置いてないといわれた。こういうところもまた。



近鉄駅前を行き過ぎ、ついに大和郡山城へ。
まずは追手門から。

奈良ってのはどうにも戦国時代には目立たない土地だけれども、兎にも角にも生き残った筒井順慶が、天正年間に縄張りを行って建てた。
その後秀長が来て拡張、その後増田長盛が来て、近くの秋篠川を付け替えて外堀として完成。
大阪の陣の後は、水野勝成、松平氏、本多氏ときて、幕末まで柳沢吉里からの柳沢氏の居城となった。
吉里は、なぜか水戸黄門では悪役にされる柳沢吉保の子。


境内の紅葉、もうちょっとか。


柳沢文庫という資料館。
普段は文庫というだけあって、文献資料が多数置かれている。
こちらも、普段は有料だけどこの日は無料。

また、今は筒井順慶の特集展示を行っていた。
文書等が中心の渋い展示だけど、彼の苦労人っぷりが伝わる内容。
ちなみに高野山では、信長公の墓のすぐとなりに順慶のがある。


そして天守の跡地の方へ登って行くと、柳沢神社。
柳沢吉保を祀る。かつての旧臣の末裔が、遺徳を偲んで開いた神社だそうで、創建は明治13年。
柳沢の殿様は、ここらでは人気があったんだろな。


実は天守閣近くは改修中で、現在は立入禁止。残念ながら今回はここまで。


城を南西に降りると、永慶寺という大きなお寺がある。
この素朴な門が、実は秀長時代の大和郡山城の南御門だったのが幕末に移築されたもの。現存する大和郡山城の唯一の遺構。


でもやっぱお堂は閉まっている……

もともと、柳沢吉保が甲府に開いた菩提寺だった。
吉里がこっちに来るとともに移ってきた。
吉保が帰依してたこともあって、黄檗宗の寺。


まっすぐ坂を降りてくると、ちょっと左手に教会がある。
そこに、こんなキリシタン配流碑がある。

見ていたら、何か催しの準備をしていたマダムが解説をしてくださった。
浦上四番崩れ、江戸時代末期に鎖国が解かれた時、長崎の隠れキリシタンがもう大丈夫だと思って大浦天主堂に礼拝に来てしまい、まだ禁教令が生きているからと政府に捕縛された。
それで全国各地に流刑にされ、特に津和野に流された人たちは酷い弾圧を受けたとかで、遠藤周作が「女の一生」という小説に書いている。
遠藤周作は私もある程度読んではいるのだけど、キリスト教小説は「海と毒薬」「悲しみの歌」はいい作品だと思うものの、「沈黙」がどうにも楽しめなかったりして、他にあんまり手がのびてなかった。今なら読めるかもしれん。いずれ読んでおこう。

そんなキリシタンの一部は、ここ大和郡山にも流されてきていたそう。
亡くなった人もあり、そして禁教中だからと寺に埋葬されていた。
禁教が解かれて教会も開かれ、寺からこちらへと墓所を移した。
碑を見ると、どうも墓石を埋め込んでいるような造りに見える(土台の前面)。墓石に洗礼名を刻むようなことは許されない時代だった気もするから、全然関係ないかもしれないけど。



で、地図によると西の方に、荒木又右衛門の屋敷跡があるという。
ま、あったことはあったのだが、小高い丘の上の民家の門前。大まかな地図だけじゃわかりにくい。辿りつけたのはまったく偶然。
何か解説を貼ってあったけど、読もうと思ったら駐車場に勝手に入らねばならず、まあ貼ってるからにはそれくらい構わないってことかもしれないが、基本的にやっぱ30代の男一人でカメラ持って住宅地徘徊してるのが怪しいので、できるだけそういうのは遠慮したい。

こないだ伊賀上野にいったときに、荒木又右衛門と渡辺数馬の仇討ち現場を見てきたもんで、彼の人はここに住んでいた。



そのちょっと東に、大納言塚。
秀長の墓所になる。大阪の陣のあとのあれこれで荒廃していたが、春岳院の住職が再興させた。
中には五輪の塔が立っている。


ここから駅へリターン。

さらに南の方へいけば、金魚関係の博物館なんかもあるんだけど、徒歩だとちょっと遠すぎる。
郡山駅前などにレンタサイクルがあって、それを利用するとそっちまで行ける。

徒歩で行けば、観光マップに載ってる寺社仏閣と郡山城をひと通り見ても、まあ近畿からなら日帰りできるくらいのコンパクトな町。
もうちょっとお寺が観光客歓迎な体勢になってれば、濃密に楽しめる町になりそうなところ。




今日のExilim Pro EX-P600は。

まあ、私は500万画素がハイエンドだった2003年ごろ、コニカKD-400Zを買い込んで(5万円くらいした)、その後ずっと愛用していたから、600~700万画素世代はあまり印象がない。
その後、新品のデジカメを買うのは、1000万画素のPENTAX Optio A20に飛ぶ。2006年モデルを2007年頃買った。
その間は、あまりデジカメに関心が向いていなかった時期になる。KD-400Zと、*istDS2があったから、コンデジ買おうって思わなかった。

で、1/1.8型600万画素CCD、というのが、どーもこう、あんまりパッとしない。(フジのスーパーCCDハニカムHRは別として)
1/1.8型300~500万画素CCDを使ったカメラには、傑作から隠れた名機まで色々な良いカメラがあった。
それが、1/1.8型600万画素になると、コニカミノルタのDiMAGE G600とか、オリンパスのX-3とか、このEX-P600とか、そもそもあんまり数がない。ニコンもソニーも出していない。
ソニーは600万画素を作らず700万画素に飛んだから、600万画素センサーを出していたのはシャープらしい。

でまあ、この1/1.8型600万画素CCDが、あんまり良いようには言われていない。あんまり画質がよくない、と言われる。
私も、DiMAGE G600を使った時、少々がっかりした。
これはコニカKD-510Zと同じレンズのはずなのに、「あれ、この程度の写りか?」って。



じゃあEX-P600はどうなんや、と思ったら、これが思ったよりよく写っている。
まあ、正直ちょっと、ダイナミックレンジ狭い感じで白飛び出やすいとか、シャドー部はだいぶノイズっぽいとか、センサー自体の頼りなさは感じるっちゃ感じる。

しかし全体的に見れば、かなりうまくまとめていると思う。
正直いえば、あまりカシオのデジカメに画質がいいイメージはない、というかかなり頼りないイメージがあるのだけど、これが意外にといったら悪いけど、上質な写り。
すっきりした色に写って、ソフト的なノイズリダクションも実に適切な感じ。


ただ、Exilimといえば当時も今も、動作が俊敏なイメージがある。
それが、EX-P600では、どうも鈍い。
別に、キー入力への反応が遅いとか、レリーズタイムラグがすごいとか、そんなことはない。
走る電車を撮影した感じでも、レリーズタイムラグはむしろ非常に小さい。

しかし、撮影してすぐ電源を落とそうとすると「処理中です。しばらくお待ちください」という表示が出る。
1秒にも満たない時間ではあるけど、まさかそんな表示を見るとは思わなかった。
多分、撮影画像に加えてる現像処理の量が多い。


強力かつ使いやすいブラケット機能が自慢のひとつ。
ブラケット段数は5段・3段切り替え可能、露出は間隔も選べる。
ボタンひとつでブラケット選択に入れて、AEブラケットの他に、AFやらホワイトバランスやら様々なブラケットができる。
その操作性も優秀で、さすが自慢するだけはある強力さ。

……なのだが、撮影後の現像処理の重さがある。
5段AEブラケットなんてやったら、撮影後の待ちがどうにも気になる。


また、レンズの出入りで少々起動が遅いが、まあこれは3秒そこらだから文句はない。
問題はレンズの戻りで、起動よりかなり遅い。先の処理待ちも合わせて、素早く引っ込められないカメラでもある。

センサーのノイズの多さと戦ってるがゆえの遅さっぽいな。
500万画素以前のデジカメって、ノイズリダクションは常時かけるもんじゃなくて、暗所高感度の時だけ特にかけるようなもんだった。
この600万画素センサーでは、常時かける必要が出てきてるんだろう。
基礎感度もISO50まで下がっていて、やっぱりノイジーなセンサーっぽい。

遅さといえば、ズーミングがいやに遅いのも気になる。
遅いくせに、ズーミングのステップはあまり細かくないみたいで、一瞬入力しただけなのに、にゅるっとゆっくり大きめに動く。微調整できない。



操作性は、さすがのカシオで良好。
ただ、本体後面右端にあるセルフタイマーボタンが、うっかり手に触れていることがあり、戸惑うことがあった。
逆に、ブラケットボタンや、ISO感度やホワイトバランスなどを素早く変更できるEXボタンが、後面左端にある。私はあんまり左手で押すボタンは好きじゃない。
右と左が入れ替わってれば私好み。
まあ、ボタンの数に比してボディが小さいことを考えれば、かなり頑張ってる配置ではある。

シンクロターミナルがあるのが贅沢。このへんは高級機の意地か。

P/A/S/Mフルモードでベストショットセレクターもあるいつものカシオで、モードダイヤルでの切り替え。
もちろんかっちりして、勝手に回ったりはほとんどしない。
ボタン類もしっかりした造り。高級機。
ここまでくると、ストラップが両釣りではないことだけが意外か。

液晶ファインダーに「Ex Finder」なるモードがあって、撮影情報がサイバーにかっちょよく表示される。
まあ……私には見づらい、フレーミングに邪魔とおもったのだが、慣れたらいいのかもしれん。
AFが合焦してる距離とかも表示されて、ピントミスに気付くこともできるかも。



レンズは33-132mm相当・F2.8-4.0。
微妙に広め(私がよく使うPENTAX DA21mmF3.2 Limitedの画角に近い)で、望遠端が明るいのも良い。
歪曲収差なんかもかなり押さえられてるし、画面端が甘かったりもしない。
柄の大きさの割には抑え目のスペックのレンズではあるけど、その分さすがによく写る。

絞り羽根もちゃんと入っているから、絞り優先オートでも細かく絞りを選べる。

光学ファインダーもなかなかいいものを奢っていて、大きめで収差が少なく見やすい。

ただ、最短撮影距離が弱点か。
マクロモードでも10cm、通常モードで40cm。
ボタンで切り替えねばならんけど、またそのボタンが、左手で行くと光学ファインダーが壁になり、右から行くと非常に遠い。
マクロモードだとマクロの範囲しか合焦しないので、マクロのままで遠景は撮れない。


バッテリー持ちは非常に良くて、フル充電してからカメラに一週間入れっぱなし、持ちだして116枚・5時間撮影してもゲージがフルのまま。
これだけもつとなれば、2GBのSDカードでの撮影枚数が300枚と出るのが頼りなく見える。
まあ、撮影結果は1枚3MB前後だったから、2GBあれば600枚はいけるはずだけど。あれ、もしかして1GBしか見えてない……?



カシオのデジカメは、売れるのは薄型小型モデルだろうと思うけれど、昔からずっと、大型ボディに高級レンズというモデルを出してはいる。
で、だいたい売れない。
QV-3000EXなんて、PowerShot G1と同等レベルのレンズとCCDを搭載したハイエンド高画質モデルなのに、2万円くらいで買えたとか。
しかし、QV-3000EXは、まだしも投げ売りになってから数が出て、中古やジャンクもよく見かける。
その後の、QV-5700なんて、私は未だに見たことがない。

で、EX-P600もそういうカメラのひとつだったわけだけど、使ってみると非常によくできたカメラだった。

売れなかった理由があるとすれば、廉価なデジタル一眼レフが出始めて(EX-P600が2004年春、EOS Kiss Digitalが2003年秋)ハイエンドコンパクトの市場が急速に食われたこと、ハイエンドコンパクトを買うような人はニコンやキヤノンのようなカメラ大手に流れやすいこと。
……と、デザインだろうなあ。

いや、男らしくてカッコイイと思うけども。EX-P600は。
QV-3000EXは言い訳のしようもないブサイクカメラだったけどな。

ちゃんと長門入ってました / 航空機レシピデータ

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長門出ました。


長い道程だったなあ……。

戦艦レシピ400/100/600/30を238回回したところでの出現。
400/350/600/30も4回。
400/999/600/30が13回。
400/999/999/30が2回。
あまりにも出ないからやけを起こして回した999/999/999/30も1回。
これら変形レシピを含めれば、実に255回目にしてやっと出現。

総消費資源は、燃料102199・弾薬39784・鉄鋼153597・ボーキサイト7620となりました。
どう見ても11月イベント突破にかかった資源量より多いわ。
基本的に一日4回のデイリーでしか回さない(鉄鋼溶けるから回せないというべきか)ので、64日くらいかかったことにもなる。

9月になってから始めた友人が、あっさり2枚出していたりもした。
200回過ぎたところで、友人に戦艦レシピ聞かれて教えたら、1発で長門出されたりもした。
5時間と思ったら陸奥だったこと4回。ついでに陸奥のドロップ3回。
秋イベントE5突破時のドロップも陸奥。


これで、現在建造可能な艦はすべて入手。
横鎮提督で、11月イベント開催期間中に、武蔵入手後に、初めて長門手に入れたような提督はそう大勢おらんだろうなあ。




戦艦レシピを果てしなく回している間、あまり燃料や鋼材の重い開発レシピは回せなかった。
また、うちは空母には必ず1部隊以上の戦闘機を積むようにしてるせいか、あまりボーキサイトが減らない。
よって、航空機レシピをかなりの回数開発した。

20/60/10/120あたりが定番だけれど、もう少しリッチな結果を期待して、50/60/40/200で149回回してある。
秘書艦は大部分が赤城で、Lv.66~75の間。伊勢Lv.66が8回ある。

  • 18 (12.1%) - 零式艦戦52型
  • 17 (11.4%) - 零式水上偵察機
  • 16 (10.7%) - 九九式艦爆
  • 15 (10.1%) - 失敗
  • 14 (9.4%) - 天山
  • 13 (8.7%) - 零式艦戦21型
  • 10 (6.7%) - 九七式艦攻
  • 9 (6.0%) - 瑞雲
  • 7 (4.7%) - 彩雲
  • 6 (4.0%) - 九六式艦戦
  • 6 (4.0%) - 彗星
  • 5 (3.4%) - 彗星一二型甲
  • 5 (3.4%) - 流星改
  • 3 (2.0%) - 紫電改二
  • 3 (2.0%) - 流星
  • 2 (1.3%) - 烈風
まあ、割と良いのが出るレシピではあろうと思う。
彗星一二型甲が多い感じ。確か回しはじめの頃にはまだ開発落ちしてなかったので、今ならもう少し確率が高いかもしれない。

宝が池公園・北山 (PowerShot S1IS)

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近くの鉄道でまだ乗ってないところあったかな、と乗りつぶしオンラインで確認すると、もはや畿内の鉄道でまだ乗っていないのは、京都市営地下鉄烏丸線を残すのみとなっていた。
乗った先の京都国際会館って、京都議定書を策定したりするところでなかなか縁遠い土地なのだけど、とりあえず行ってみることに。

今日のカメラは珍しくキヤノンのPowerShot S1ISで。
キヤノンを嫌ってるわけではあるんだけど、古いカメラを漁りに行っても、キヤノンのカメラなんてあらかたIXY Digitalの旧型が転がってるばかりで、触って面白そうな機種があんまりない。
キヤノンって製品が保守的で、珍奇な製品を発射して玉砕したりしないから……




京都の鉄道網はあんまり理解しきれてないので、素直にJRで京都駅に行ってから地下鉄烏丸線へ。
後で確認すると、京阪でも阪急でも烏丸線への接続はあった。ルート考えればそうだよな。

竹田-京都間は、奈良から京都へ近鉄で移動した時に使ったので、北向きだけでよし。
国際会館行きに乗り込む。意外に混んでる。
しかし意外に混んでるのは北大路あたりで一気にはけて、さすがに国際会館まで乗ってる人は少数だった。


降車して国際会館への通路には、環境がらみのえらいひとが表彰されてパネル展示されてたり、広告が「国際的会議の運営会社」とかどういう人がどう働いてるか想像付くような付かないような会社だったり。

しかし京都議定書というのも、3.11以来はもうなかったことにされてるようなもんだなあ。
まあ原発止めてりゃそうもなろうけれど。
いや、私は別に原発反対派否定派ではないけれども。
電力会社に信頼を置けないというのは理解できる。
少なくともガス機器や電機メーカーが、ずいぶん古い製品の湯沸し器や扇風機の問題に大々的にテレビCM打ってリコールやってることを思えば、電力会社も新たに打った安全対策をテレビなり新聞なりに大々的に、理解を得られるまで説明するくらいはやればいいと思うんだけども。



さておき、国際会館には特に入る用事もなし。

向かいのグランドプリンスホテルとあわせて、駅から出て見える景色が実に洗練されている。作り込みが行き届いてるというか。
いわゆる日本の顔をやるんだったらこれくらいはすべきか。舞妓はんの顔みたいなもんね。



世界はひとつ。うん。
多元宇宙論の否定だな。なんてSF。



国際会館側から宝が池公園に回ろうとしたけれど、通れない感じだったので、駅に戻って南下。
建物はたしか国際会館イベントホールだったかな。

ここからまっすぐ前の道、南の方へと歩いて行くと宝が池公園に入る。
名前は知らないが、東のほうで高野川に流れ込む川を渡ると、写真左手に見えてる山に突き当たる。
この山が、五山の送り火で「妙法」と灯る、松ケ崎西山と東山のようだ。ただし、こっちは灯火の裏側。


山沿いに西に回りこむと、宝ヶ池にくる。
紅葉がいいタイミングだったな。
たわば先輩の教えに従えば、「ピーカン不許可!」な日ではあったのだけど。


私が歩くのに合わせて、なぜか梯形陣で並走してくる鴨たち。


しかしテレ端でかなりコントラストが下がるなあ。逆光でコースとが出てるのかな。
10倍ズームじゃある程度しかたないとはいえ。


このまま道なりに歩いて行くと、宝ヶ池の西側から道に出て、そして運動公園になっている宝が池公園南西部へ渡る。
のだが、車通るような道を通っても仕方ない。

池の真南あたり、山に向かって野鳥観察ゾーンがある。
そっちに入っていって、山を登りながら野鳥を探す。
案内板によれば色々な鳥がいたようだけど、しかし声はすれども姿は見えずで、なかなか素人がいきなり発見するのは難しい。一度だけ飛び立ったのが見えたきり。


山の尾根に到達すると、東西に舗装された道がある。
が、私は南に山を抜けたい。
南の道はなんだか急な下りで舗装もなにもない。階段になってるように見えた、と思ったら、単に岩肌だ。


写真を撮った時点でこの有り様だけど、降りていくにつれてもっとひどくなってきた。
狭い道の中央がえぐれて凹んでいて、すねの半ばくらいの深さになっていたところも。
人が通って削れたところが、雨が流れて掘られていく……というやつだと思ったけど、しかしそこらじゅうに岩肌が露出してるような硬い地質だから、また違う現象かもしれない。
こけると相当痛そうなところで、注意しながら歩く。



麓近くまで降りると、何かあるのが見えた。

小さな神社のようだけど、何をお祭りしているのかはわからない。
鳥居をくぐって降りて行ってみても、なぜか南無妙法蓮華経の碑があるだけ。

地図で見ると、七面大天女宮というところだった。
南無妙法蓮華経の碑は、このすぐ東に涌泉寺という有名なお寺があったから。今日は気づかずに降りて行ってしまった。


降りてきたら北山通と交差した。
さらに真っすぐ行けば、京都工芸繊維大学がある。
さらに通りすぎて南下すれば、下鴨神社から出町柳あたりに出るはずだが、今回は北山通を西へ。

途中でノートルダム学院小学校があったが、ノストラダムス学院と読むと一気にうさんくさくなる。
このへんで、さっき越えた山に「妙」の字があるのも見えた。


北山駅あたりまでくると、京都府立総合資料館というのがあったが、入ってみると単に図書館を特化したような施設か。観光するとこじゃないな。


すぐとなりに、陶板名画の庭というところがあった。
名画を陶板に焼き付けて展示してあるところ。



鳥獣戯画やら最後の晩餐やら、だれでも知ってるやつがでかでかと。
ルノアールやゴッホの、普通サイズの作品もある。


最後の審判もある。英語でいうとファイナル・ジャッジメントではなくて、The Last Judgementだそう。

庭自体の建物も、コンクリ打ちっぱなし、あたりに水をたたえて滝を作ったおしゃれ空間。


そろそろ昼食を取りたかったが、北山通をわたらないとないし、わたっても高そうな店ばかり。
少し戻ればマクドナルドとロイヤルホストがあったんだけど、混んでたし……。


我慢したまま隣の植物園に入っちゃう。


こんな自販機が……。
見た目にきれいだし、下段のフィルムは現行品のSUPERIA PREMIUM 400だから、ちゃんと稼働して補充もされてるようだ。
上段の写ルンです400スーパーは、現行品400エクストラのさらに前のモデルで、しかも現行品もディスコンになったはずで、ちょっと古いものかも。ただまあ、販路限定で生産してる可能性もあるだろうけど。

売れんのか、と思ったが、紅葉狙いにきてるおじさま方が、結構コンタックスやニコンのフィルムカメラを使っていた。フィルムの方は売れる見込み結構あるのかも。

以下、植物園でカメラを振り回して撮りまくったオサレ気取り写真。
フィルターをあざやかモードにして撮影。




実のところ、私はまともなバリアングル液晶機を使ったことがなかったけれど、なるほどこれは楽だ。
スイバルはいくつも使ったし良いものだと思うんだけど、スイバルは1軸・バリアングルは2軸だから、「縦位置で真上を撮影する」とかの対応力に差があった。
一方、スイバルの方は、どっちを向けてもシャッターボタンの位置が変化しないから、グリップは乱れないから安定した撮影をしやすい。


最後に鴨川に出て、北大路のほうへ。
しかし北大路で食事にありつけると思ったら、松屋からバーミヤン、フレッシュネスバーガーに至るまでことごとく満席でどうにもこうにも。午後2時半だぞ……。

仕方なく梅田に戻って、喫茶店で軽食とって本屋に行くなどして今日は終わり。



今日のPowerShot S1ISは、2004年発売のキヤノンの意欲作。
2000年代前半には高倍率ズーム機がひとつの売れ線として、各社がリリースしていた。
今みたいにカード型がちょっと分厚くなっただけで8倍10倍という時代じゃないから、この頃のはだいたいでかい。

2004年ごろなら、ずっと定番だったオリンパスC-700シリーズの末期モデル・C-770Ultra Zoomがあり、パナが手ぶれ補正つきのLUMIX FZ2やFZ10、ミノルタは高画質モデルDiMAGE A2・高速AFが売りのDiMAGE Z2、フジのレンズ固定式一眼レフFinePix S7000、ソニーも最強のスイバル機DSC-F828、沈胴式と固定式のバリエーションだった京セラFinecam M410R/400R、東芝もAllegretto M700と、色々あった。

そんなところに後追いでキヤノンが出してくるだけあって、さすがにそつなく高機能を詰め込んであった。
ライカ判換算38-380mm F2.8-3.1のテレ端でも明るいレンズ。まあ、上にあげた機種に同じ光学系っぽいのがだいぶあるけれども。
そこに手ぶれ補正がついて、さらに超音波モーター駆動。
ズーミングもレバーがアナログになっていて、微速で動かして微調整もでき、最高速なら端から端まであっという間。贅沢な仕様だなあ。

操作系も、まあプログラムオートで十字キー左右だけですぐ露出補正に行かないのがちょっと意外なだけで、よくまとまっていた。
大体なんでも、FUNCボタンを押せば撮影用の設定項目がすぐ触れる。
カスタムボタンがひとつあって、ボタンひとつで選択できる項目はそこに設定できる。私はISO感度を入れておいた。

もちろんP/A/S/Mフルモード。
ブラケット撮影ももちろん対応していて、3段のみだけどブラケット間隔は選べる。今回は2/3段に設定して使った。

バリアングル液晶も撮影の自由度が広くなった。
プラボディだけどやわな感じもなく、バリアングル液晶もかっちりしていた。液晶を見る方向に閉じたら、ちょっと浮いてる感じになっちゃうけれども。
バリアングル液晶を閉じれば自動的にEVFが有効になり、開ければ液晶ファインダーになる。当然そつがない。

まったくもって隙のないカメラだ。実際使っていて気持ちがいい。
バッテリーも単三4本で、持ちも安心だし手軽に扱える。

メディアは、当時としてもレトロなコンパクトフラッシュ。
最後までSDカード移行を拒否してCFを使い続けたキヤノンが、ついにSDを採用したのが、このS1ISと同時期に発売したIXY Digital 30a、じゃなくて、一年前に発売したIXY Digital 30。
2004年はまだ移行途中で、特に小型のモデルのみSDカードだった。保守的。



まあ、強いてケチをつけるとしたら、画質が気に入らない。
1/2.7型300万画素CCDだから、この程度が身の丈なんだろうなとも思うけども。
テレ端で如実に逆光耐性がなくなるのも気になったし、そうでなくても結構ゴーストが出る。


この頃にしては珍しいくらい、常時ノイズリダクションを強めにかけてるから、遠目で山とか撮ったら無残なことになるし。
まあこんなのがキリっと写るのがいいなら、一眼レフでも使えという話ではあるけれど。

それと、好みの問題かもしれんけれど、しばしば色が青く転んでるように私には見えるな。
明るいと問題ないけど、日陰があまりにも青い。
昔父親が持っていたPowerShot A60を触ったら、これはなにか壊れてるんじゃないかというくらい青かったから驚いたことがあったけれど、キヤノンはこうなのかなあ。


テレ端では特に、かなりAFを外しがちな節もあった。ここは意外な頼りなさだったなあ……
明確なマクロモードは存在せず、ワイド端で10cm・テレ端で93cmまで寄れるのだけど、総じてさほど寄れるカメラとはいいにくい。寄れないってほどでもないけれども。
で、EVFも液晶モニターもあまり良いとはいえず、何より小さいから、ピントは確認できないようなもの。
ブラケット撮影に、AEBの他にフォーカスブラケットがあったんだけど、もしかして頼りない自覚ありだったのかな。


それから、グリップが思ったより良くなかった。
まあ、私の手には小さすぎる、って話で、私はかなり人より手がでかい。どうにも指が余って握りづらい感じが。

それでいて、握った状態からスイッチオフができない。
かなり独特な電源スイッチで、オフボタンが中心にあり、その側面がロック付きスライドスイッチ。ロックピンを押しながら左にスライドすると撮影で起動、右で再生で起動。
起動時も撮影と再生を何度か間違ったし、切るときには右手じゃ親指も人差し指も届かない。
このスイッチばかりは、何考えてこうなったかわからんなあ。


まあ、何しろ私はキヤノンが好きじゃないから、こういう欠点が少ない優等生カメラは、「良いカメラだよ買ってもいいんじゃない、私は別のにするけど」みたいな態度になっちゃう。
主にこれは、キワモノの方が嬉しい私の人格の問題だから、キヤノンが悪いわけではない。

急遽RSSリーダー乗り換えと、Feedspotのこと

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先日google Readerが終了したことに、私も巻き込まれた口。
乗り換え先を検討して、結局FeedDemonというスタンドアローン型のものにしていた。

で、乗り換えて多分半年くらい。
先日、突然FeedDemonが正常動作しなくなってしまった。
どのフィードを開いても、「このページは表示できません」とエラーを吐いてどうにもできない。
おそらく利用しているIEコンポーネントの方が文句を言ってるようなんだけど。
(環境変数を触って、テンポラリフォルダを変更した直後に発生したっぽいんだけど、戻しても治らなかったしどうなったのやら)

そういうわけで、またRSSリーダーを探さねばならなくなった。




迷った結果としては、The Old Readerというのに決めた。
直感的に操作がわからないところもないし、納得行かない動作をするところもない。

唯一の不満は、フィードのソートができないっぽい(ひとつひとつ移動はできる)ことくらいか。OPMLを読み込ませた直後はバラバラになってた。
今までのFeeddemonは、アルファベット順にソートされていたもんで、何がどのへんにあるか探すのがそれに慣れていたんだけど。

あとは、Feeddemonでは「今開いているフィードをすべて既読にし、次の未読があるフィードに移る」というボタンがあった。これが結構便利だった。
The Old Readerにはそれがない。他のRSSリーダーにもあまり見かけない。
もちろん、未読フィードを一括表示することはどれでもできるんだけど、これだと、たまに面白い記事があるけど多くは不要なフィードと、大体面白い記事ばかりのフィードとが、記事単位で混ざって表示されちゃう。多分面白いものの見落としが増える。

とはいえ、いくつか試した中には、RSSの内容表示がウィンドウ右端で折り返さない、なんて酷いのもあったもんで、それを思えば許容範囲内。


他のRSSリーダーについては、今回はご縁がなかったということで、オンラインのものは登録解除、スタンドアローンのものはアンインストール。



というところで、Feedspotの登録解除をしようとしたものの、さてどこで解除するのかわからない。
少なくとも、Accounts Setting内を探しまわっても、Unsubscribeとか、登録解除らしいものは見当たらない。

Feedspotについては、フィードを読んで既読にしても、左ペインの未読表示がすぐに切り替わらないことが多くて、フィードの選択がやりにくかったことがひとつ。
フィードを選択しようとしたら、フィード名右端近くに「Edit」のボタンがインポーズしてきてクリックを妨害されることがあること。
他の点で、The Old Readerに比して優れたところが見当たらないこと。
そのへんを理由として、今回はやめようと思ったんだけども。

退会仕方がわからなかった時点で、「退会の仕方がわかりにくいサービスは嫌い」という理由がもう一つ追加された。


しかも、「Feedspot Today」という、更新されたフィードをまとめたメールが、一日一通届くようになってしまった。
正直これは、仮にFeedspotを継続使用するとしても不要なサービスで、ましてやめるとなれば鬱陶しいだけ。

これについては、Accounts Settingのところに設定ページがある。
そこに、Feedspot Todayに含めるフィードのリストがずらっと並んでいる。
「Unselect All」というボタンと、「Save」というボタンがあったから、順にクリックした。すると、「Done!」とメッセージも出た。
そうすれば全フィードが解除されるから、そりゃメールも来ないだろうと思った。

思ったのだが、翌日また届いた。
設定ページを確認すると、またすべてのフィードがSelectされた状態に戻っている。
またUnselectしてSaveして、Done!を確認した。
今度は直後にリロードしてみたら、さっきUnselectしたのが元に戻っている。

(後でみたら、フィードがリストアップされている末尾に、Feedspot Todayのメールを止めるチェックボックスがあった。百件以上の長いリストの末尾にあったから、ちょっと気づかない)

それからずっと、メールは止まらない。


フィードを全部削除してしまえばいいんじゃないかと思いきや、フィードを全選択して一括削除する方法がまたわからない。
ひとつひとつ右クリックしては削除、とやるには、OPMLから一括して100フィード以上読ませているのだから、あまりにめんどくさい。
なにかやり方があったかもしれないが、こういうことを「SHIFT+クリックで一括選択してから右クリックメニューから削除」みたいな、常識的な操作で行えないインターフェースであること自体が減点対象。


これはもう登録解除が一番いいだろう、と思ったのだけど、やっぱりやり方がわからない。

検索してみたところ、メールで申し込まないとダメというblog記事が見つかった。
そのコメント欄で「今は申し込んでも無視される」というのが気にかかるけれど。

ともかく、慣れない英語でメールを書いた。
いくらまずい英語でも意図くらい伝わったと思うのだけど……

で、2~3日経過したけれど、返事一つない。
忙しいか、私の英語がまずすぎるか、退会させたくないか、どれかだろうと思う。


相変わらず「Feedspot Today」メールは届き続けるので、ともかくこれをどうにかしたい。
仕方なく、100件以上のフィードをひとつひとつぽちぽちぽちぽち右クリックしては削除、と繰り返して、どうにか全部消した。

アカウントをプライバシーモードにし、Twitter連携を解除し、Twitter側からも認証を切り、とりあえず迷惑が起こらないように設定してログアウト。
今後どうなることやら。


まー、使ってないユーザーであっても、ユーザー数の数字を減らしたくないから退会させない……というのも、ひとつの考え方ではあるかもしれんけれども。
そういう姿勢をとってると、こうして私みたいに不評を広める奴が出たりするのだ。
せめてメールですぐ退会できてれば、何もいわなかったんだけども……

ぷち徘徊 (Cybershot L1)

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暑すぎていまいち徘徊しきれてない近頃。
気がつけば一ヶ月も更新していない。

資格試験受けたりした週末もあったり。
まあ危険物取扱者乙類くらいの簡単なものだけど、次はもうちょっと難しいの受けるつもりであるから、試験勉強してる週末もあろう。

つまり、更新頻度は下がりこそすれ上がりそうもないのであった。
夏嫌いだし。


あべのハルカスは駅側からだとちょっと低めに見えるな。

高校時代にわりとよく遊びに行った天王寺も、すっかり様変わり。
高校の頃に天王寺ミオとあべのルシアスができて、まだあべのベルタも十分活気があって。
ベルタにはアニメイトがあって、当時はそういうものを買いたいと思ったらそこだった。
でんでんタウンも家電とPCが主力で、わんだーらんどはあったけどとらのあなもまだなかった(2000年オープン)。
天六まで足を伸ばしてマルゲ屋という線もあったのだけど。

今もうベルタなんてすっからかんになってるし、ルシアスもなんだか前の時代の残滓みたいな感じ。
ハルカスやQ's Mallも、10年後にはどうなってるんだろう。



そのまま四天王寺など久々に参拝したり。
しかしCybershot L1はモニタが小さすぎて、水平取るのも難しい。撮影装置としてはいまいちだけど、でも格好がいいのでついつい持ち歩いちゃう。

この日は友人を連れて、大阪ミナミ~阿倍野のちょい渋スポットを歴訪していた。真田幸村戦死の地・安居神社やら、松屋町筋のバイク屋街やら、でんでんタウンを通り越して日本工芸館やら、少しずつ外して。



別の日。所用で名古屋の栄にいったら、地下鉄の駅に今時伝言板が。
水曜日の昼時、使われた形跡はなし。
最近ぜんぜん見かけないから思わず撮ったけれど、今全国的にはどれくらい生き残ってるんだろう。


なにか名古屋めしをと探して、味噌煮込みうどんに。名古屋は赤味噌文化圏。

同道の友人と、近頃の「おっさんが飯食ってるだけ系」の作品について話し、「太田和彦の日本百名居酒屋」を紹介する。孤独のグルメも3期が始まって嬉しいところだ。
それと、なんとなく土山しげるの描く食い物のノリは名古屋圏のもんではないか……と妄想を話したりしたが、土山しげるは石川県出身だそう。



別の日。なんばには毎週のように来てるけれど、難波神社にはめったに来ない。

この日は、LIXILのショールーム内にあるギャラリーで「海藻 海の森の不思議展」というのをやってると聞いたので行ってみた。
前に七宝の展覧会をやってると聞いて来ようとしたんだけど、ショールーム内にギャラリーがあるという認識がなく、どこにあるかわからなくて入れなかったことがあった。

入ってみると、ほんとに水まわり商品のショールームがあって、一室を区切って小さなギャラリーがある、というくらい。
規模はささやかだけど、日本の海藻研究の先駆けといわれる岡村金太郎氏の図鑑原画なんてのがあり、これが緻密ですごかった。理系の画力とはこういうものか。

このショールームは、今月23日で閉じて移転するそう。ギャラリーどうなるのかなあ。
正直にいえば、私はどう考えても水まわり商品を買う客ではないもんで、ずかずかショールームに入り込むのはちょっと気が引ける。いっそギャラリーが有料なら気兼ねしなかったのだけど……


ここまで来たら船場センタービルで食事……と思って入っていき、迷いながらインドカレー屋に決めよう、と思ったその瞬間にビジネスマン集団が入っていき、こりゃ間が悪いな、と退散。
結局めしどうしたんだったかな。確か靭公園前のマクドナルドで済ませたような。

マクドナルド関係ないけれど、ロッテリアの「ナポリぱんだバーガー」が、キワモノと思わせて意外な美味さだった。
酸味抑え目のナポリタンスパゲティが、わざとらしい旨みを大量提供。ジャンクフードはこれやね。


くっ、こんなネタで……。



別の日。前から一度行ってみたかった千林商店街。

なんだろう、まず物価が不思議。
食べ物の物価が安い。8個200円とかで出してるたこ焼き屋は久しぶりに見る気がする。
おばちゃん衣類の物価も、なんか妙に安い、気がする。あんまり正常な物価把握してないけど。

活気は有り余っていてシャッターはほとんどなし。
店も古い雰囲気で、一軒だけあったスターバックスだったかのコーヒーショップが浮きまくり。
マクドナルドもあったんだけど、どうも個人宅と一体化した店舗で営業してるような造り。入り口の横にドアと表札あるんだもん。


ホットドッグカフェ・ヤミィなる、ホットドッグがナウなヤングにバカウケしてた時代の雰囲気がする店があって、ちょっと入ってみた。
キャベツの代わりにザワークラウトとピクルスを入れた、酸味のきいたホットドッグに店の名前を冠してヤミィホットドッグとしている。食べてみると、これが夏場には爽やかで美味。

商店街では福引イベントをやっていて、特賞の商品が現金つかみ取り。一度やってみたいな……
通りかかったところで、おばあちゃんがひとりで特賞2連続引き当てるという事件が起きていたが、しかしおばあちゃんも「わたしらやったら手ぇ小さいからなあ」と、割とクールに係の人と話していた。


千林商店街中程で、京街道と交差している。
せっかくなので、大阪方面にぶらぶら。


年季はいってる。どう見たってこの看板は民主党より古いだろう。旧社会党かなんかだろうか。


バリバリ伝説とかウイングマンの頃の絵柄やで……。

そのまま関目高殿駅まで歩いて行って、この先は京街道がどうなるかよくわからなくなったので、潔く地下鉄に乗り込んだ。




さらに、国立国際美術館に。
基本的にかなり苦手な展示傾向の美術館なのだが、電車で見かけた展覧会のポスターに、なんとなく今回は面白いかなー、と思って。

で……まあ、そのカンはハズレで、今回もさっぱり理解できない現代美術が並ぶ。
現代美術の変容を解説するような展示だったから、多少なりとも背景を知ればわかるところもあるのかなあ、と思ったのだけど、うーん。


「訓練 通行止め」ってなんだろう……

大阪各所 (RICOH R8)

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ちょっと前に入手して、何ヶ所か撮ってきていたリコーR8の画像をまとめて。

電池・充電器込みで1000円だったから実際安かったもんで、これならあるいは実用機として、今のEasyshare Miniをリプレースできるかな……とも考えたり。

まあ結論としては、そこまで気に入るカメラではなかったけれど。
Easyshare Miniは、まあ画質が良いとは言えないし3倍ズームしかしないし、操作系が超初心者向けだったりするけれど、MicroUSBにつなぐとそのまま充電しつつデータ転送だから楽でいい。
R8は、28-200mmの便利ズームに、リコーらしく渋くてしっかり感のある筐体、ある程度撮影機能も充実、と来たんだけど、思った以上に2008年当時の1/2.5型1000万画素CCDの画質が悪かった。
おもちゃデジカメに片足の半分突っ込んでる気がするEasyshare Miniの画質があれでも気にならないけど、しっかりしたカメラっぽいR8の画質がこれでは気に入らん、っていう。




とりあえずグランフロント大阪からの景色。


高倍率ズームだけど、別に歪曲も目立たない。
カメラ内で補正し始めるような世代のものだったかな。2008年ならもう現れてはいるみたいだけど、R8がどうかはわからない。
他のカットでもずいぶんぴしっとしてるから、補正してるっぽいかな。
2005年の時点で技術論文も出ていた。


テレ端。
もうちょっとマシな写真は……というのはともかく、どうもセンサーにホコリが入っちゃってたみたいで、テレ端だとうつりこんでしまう。この写真は絞り解放だから、絞り込んでるともっと写るはず。

露出アンダーな感じなのは、まあ空が入った分素直に、ってところと思う。



梅田で半分迷いながら歩いていたら、地下への階段で突然の壁画。
いまだ梅田地下迷宮は知らないところ多し。

これは1/10秒でブレずに止まったけど、他のカットでは1/10秒だとブレてるほうが多かった。
一応CCD手ぶれ補正があるんだけど、時期的にさほど強力とはいえないか。



大鳥大社。
ちょうど蚤の市をやっていて、しかもなぜだか本当にジャンクっぽいものを売ってる人が多くて、見ていて面白かった。
ガラスの割れた時計とかゴロゴロしていて。


大和武尊。



拝殿。
前で記念撮影してるご家族があったのでこんな角度から。



裏手にひっそり佇むオヤシロ。



テレ端中央近くの等倍切り出しのサンプル。
ISO400で1/42秒だから、多分ちょっとブレてる。

異様な写りに見えるんだけど、元々ノイズリダクションがかなり強くかかるところに感度を400まであげていて(ベースはISO64)、しかも微妙な手ブレがノイズリダクションに影響を及ぼしてるんじゃないかな。
シャッター速度がもっと速い、微小なブレも出ていないようなカットだったら、こんな感じにはならない。



ぞう。
日中のちゃんと陽射しがあるところだったら、写りはかなりしゃきっとする。



等倍切り出しサンプルその2。
さっきは「微小ブレとノイズリダクションがぶつかってるんじゃないか」と思ったけど、このカットを見ると、ブレじゃなくてボケともぶつかってる感じが。
鳥の羽毛までぴしっと描写してるのに、背景の少しだけボケた木の葉がヘンな状態。
(画面右上の遠景に縞模様が見えるのは、これは鳥の逃避行防止ネットがこのように写ってるんだと思う)

あとは、元々かなりひどくノイズが多いセンサーだというのも、鳥の影になってるあたり見るとわかる。(と思ったけどblog用に圧縮しなおしたJPEGだとよくわからなくなってた。失敗)


曇った時に撮ってると、ノイズの激しさにやられて画質が辛くなるんだけど、かといって陽射しがあって明暗がはっきりしてくると、今度はダイナミックレンジが狭くて露出をしっかりあわせないと辛くなるような。
AEブラケット(±0.5EV)で撮っていても、全滅になっちゃうことがしばしば。
「いちいち露出補正しない」ためのAEBじゃなくて、「ちゃんと露出補正した上で読み違いをフォローする」ためのAEBか。
つまりは玄人向けね。リコーだからそれでいいと思う。


日陰のほうが画面全体で見ると無難に写ってるかもしれない。
それにしてもブサイクなツラで写ったな。


ただ、ホワイトバランスはちょっと暗所で特に頼りない感じもある。
AEBで連写したら下のように。このトカゲは黄色いのか青いのか……



今回は使ってないけれど、最小絞りに固定する機能があったりもした。
2段階しか選べないのに「絞り優先オート」とか良いように言い張るカメラがたまーにあるけど、リコーはそういう表現は取らないみたい。

見た感じ、プログラムオートだとそれこそ露出オーバーになるまで絞らないプログラムラインになっていた。
「最小絞り固定」をオフにすれば開放、オンにすれば絞り込みで、事実上Avモードがあるカメラね。

暗いとノイズでえらいことになる画質から見て、「絞り込めばシャープになって画質が向上する」みたいな期待はできない気がする。
けれど、テレ端ではいくら1/2.5型でも背景がすこしボケたりもするから、そのコントロールには使えそう。


操作性はまったく良好。
十字キー押し込みがADJ.ボタン扱いになっていて、そこで露出補正やらホワイトバランスやら、好みで設定しておいたものを呼び出せる。
カメラ好きな人が触って文句が出そうにない、普通に使いやすく作ってある。

液晶も大きく高解像度。
ボタンの質もちゃんとしてるし、モードダイヤルが勝手に回ったりもしない。


これで画質さえ良ければ実に良いカメラだと思うのだけど、もうちょっと画質はなんとかなってほしかった。
多分リコーの造りがまずいから悪いってんじゃなくて、本当にセンサーの質が悪い。
「デジカメに1000万画素はいらない」という新書が2008年の秋ごろに出たんだけど、確かにこんな画質になってしまう2007~2008年という時期だったら、そのテーマの本が商品になるのもわかる気がする。

まあ、最近は画素数の伸びもある程度落ち着いて、その分ノイズやら感度の面では向上してるように見えるから、さすがに2013年現在でも同じ状況ではなくなってるけれど。

冬の静岡に企業博物館を訪ねる (初日・天浜線)

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今年は遠出の旅行は控えてしまっていたけれど、久しぶりに行こうかということで、23日から25日にかけて旅行に。
いくつか候補はあったけれど、まだ世間的に平日のうちから一週間早く休める身分を活かして、休みに入ると閉まってしまいそうな企業博物館参りに。

面白そうなメーカーが多い土地といえば、やはり静岡。
模型メーカーはタミヤ・アオシマ・ハセガワ・バンダイと揃っていて、バイクはカワサキ以外はみな静岡だ。

いくつか検討して、タミヤ模型とスズキの予約がすぐ取れたので、その2箇所を目指して行程を決定。


例によって乗ったことのない鉄道路線を使って移動してみるとして、名古屋から名鉄名古屋本線で豊橋まで。

豊橋駅で降りて食事。
そして駅構内で「あん巻き」なるものを売っていたのだけど、ちょっと食べたいと思ったら、なんかわずか160円(カスタード入りなどは190円)というプライスの割に、なんか妙にでっかい。片手にどーんと乗っかるようなサイズ。
食後すぐには手が伸びず、一旦パス。


ここから東海道本線で2駅。
新所原駅で下車。


渋い造りの駅。


そして天浜線側では、駅の中にうなぎ屋が。
テイクアウトの弁当もあれば、中で食べていくこともできる。
豊橋でスシ食っちゃったのは失敗だったか?


駅前の奥浜名湖ウォーキング案内看板を見ると、「あるいてめぐろう奥浜名湖」というフレーズとともに、実に片道39キロのハードコアなコースを案内していた。


天竜浜名湖鉄道天竜浜名湖線は、新所原から浜名湖を北回りでぐるっと周り、天竜二俣を経由して掛川までまた下がってくる。
国鉄時代、東海道線がトラブルで使えなくなった時には、迂回路として使えるようにとこのルートで引かれた。実際に地震や戦災で使われたこともあるそう。
阪神淡路大震災のときも、山陽本線を福知山線から加古川線で迂回したことがあったもんだけど、あまり大災害は起きてほしくないもんだ。


意外に、というとなんだけど、新しくてきれいな車両。
中身も新しく、コンピューターによる制御・自動化が進められた電脳車両だそう。


駅側からうなぎ屋。いい。
入線してきた車両から降りてきたお客さんも購入していた。まずまず人気なんかな。


ボックスシートの、もちろん進行方向右手の浜名湖側に陣取り、車両が出発。

天浜線は国の登録有形文化財だ、と車内放送。
実に31件も登録有形文化財があるそうで、駅につくと「この駅の本屋は登録有形文化財です」なんてアナウンスされる。

右手にプライムアースEVエナジーの本社を見かけて注目し、そして程なく浜名湖が見えた。


これが浜名湖ファーストカットで、松見ヶ浦というあたり。


多分三ヶ日駅を過ぎた直後。
観光的には三ヶ日で一度降りてもよかったかなあ。
(実はこの車窓からの眺め以外で、この後浜名湖をしっかり見る機会を得損ねた)


浜名湖佐久米駅はほとんど湖上に駅がある気がするようなくらい浜名湖に近いのだけど、目の前を東名高速が横切ってしまう立地。
戦時中くらいまではいい眺めの駅だったんだろな。
その代わり、ゆりかもめが集まってくる駅だそうで、写真の通り何羽も飛び交っていた。

ちょっと窓が綺麗だとよかったのだけど、開けられないから自分で拭くわけにもいかず。


西気賀駅の、登録有形文化財たる駅舎だが、内側からだとあまりパッとはしないな。
グリル八雲、という飲食店の看板が見える。駅としては無人駅なのにレストランは営業しているという状態だそう。


金指駅。
プラットホームと上屋が有形文化財。
かつて浜松軽便鉄道というのがあって、浜松からここを通ってさらに奥山というところまで行ってたそう。

近くに竜ヶ岩洞という鍾乳洞があるそうで……って地図みたら5キロくらい離れてるな。
東海地方としては一番大きい鍾乳洞だ、と看板があったと思うんだけど記憶違いかも。


金指まで来ると、もう浜名湖を離れて内陸に入っている。
しばらく田園風景が続き、常葉大学という大学があり。


そして天竜川を渡る。
橋の上、鉄骨がじゃまにならないところで一旦速度をゆるめてくれるサービス。
といいつつこの写真は橋を通過中、鉄骨の隙間を縫って撮ったものだけれど。



二俣の町は天竜二俣駅より二俣本町駅の方が中心に近いというので、一旦ここで下車。
実際はそれほどでもないけど、なんか山奥の秘境駅みたいに見える駅プラットホーム。

しかしさっきから何度も「にのまた」で変換しようとしてしまうが、ここは「ふたまた」が正しい。


さてここからどこ見に行くんだっけな、と思って駅前を見ると、秋野不矩美術館への案内があったのでついふらっとそっちに歩いて行ってしまう。
後から思えば二俣城址を見に行けばよかったのに、すっかり忘れていた。秋野不矩美術館とは逆方向。

それから、本田宗一郎ものづくり伝承館というのもあるんだけど、事前に見落として気付きもしていなかった。なんという……
駅前の観光案内看板にも書いてなかったのよね。

他には内山真籠資料館というのもある。
賀茂真淵に学んだ国学者らしいんだけど、ちょっと私は知らない。



ともかくもぷらぷら歩いて行くと、二俣川に。
天竜川と合流するところだから二俣という地名なのだと思ったのだが、そうなると川自体も二俣川という名前となると、どことなくねじれを感じなくもない。


このへんは川沿いに降りることもできる。

しかしK-01特有の、たまにサイケなほど彩度が強くなるカットにPLフィルターまで入ってえらいギンギンになってしまったな。
どうもカラーモードを「鮮やか」にすると起こりやすい感じ。リバーサルフィルムとかMIYABIではあんまりこんなことならんような……


川向うに見えていたJAの「天竜川の市」に入ってみると、道の駅とかによくある現地の産物の販売店。
ここで天竜茶を一袋求めた。

静岡のお茶と言っても、もちろん県内に多数の山地がある。
土産物屋なんかでは大雑把に「静岡茶」と売られていたりするけれど、当然産地によって味わいも違うのだろう。
特に、天竜のような山手のものと、掛川などの平野部のものでは、日照時間などの関係でかなりモノがかわる。

この話は後に「しずおかO-CHAプラザ」というところで聞いたのだけど、そういうわけで、天竜茶と比べてみるべく掛川茶も買って帰ってしまい、まあ見事に静岡県に乗せられている。


自動販売機で購入。
これは「遠州中央深蒸し茶」とあるけど、深蒸しは平野部のお茶に対して行う蒸しだそう。
日射がよいと葉が厚く育つから、蒸し時間伸ばさなくちゃいけなくなって深蒸しになるんだと。

販売者は磐田の会社になってたので、あのへんのお茶なのだろう。



もうちょっと山手にいくと、秋野不矩美術館。結構急坂を登る。

秋野不矩は、日本画に飽きたらずインドに飛んでいってあちらの画材とモチーフであれこれ描いてきた女流画家だそう。
まあ絵画の審美眼が400年遅れてる私には、あまりよくわからない絵だというのが正直なところではあるのだけれど……



ふもとに栄林寺という、古刹っぽいお寺。
山の麓に建っているんだけど、山がどんどんお墓に侵食されていて、二俣の方は長年ここに眠ってきたんだろう。


岩盤をくりぬいてお地蔵さんが納められていたりする。
二俣層上部礫岩、と解説板があり、2000万年くらい前の新生代第三紀ごろ、浅い海に砂や石が堆積してできた地層。
1500万年前に日本海ができたころ、赤石裂線という断層が活動して地殻変動が起きて、このへんに現れた、というような説明がなされていた。


お寺の脇に、なにやらトンネルがある。

詳細はわからないが、かつて天竜二俣駅から飯田線の中部天竜駅まで、多分天竜川沿いに走らせるつもりだったんであろう、佐久間線という国鉄路線が計画されていたそう。
で、実際工事が進められてトンネルもいくつも掘られたけど、国鉄再建法で工事中止になった。
そのトンネルのひとつかもしれない。


天竜二俣駅の線路に、キハ20型とナハネ20型寝台客車を展示してあった。



天竜二俣駅。
これも確か文化財だったはず。


そしてちょうど3両入線中の駅。

ここからは、車窓から景色を眺めながらのんびり掛川へ。
車窓の写真撮ったりはしたのだけど、外がちょっと暗くなってきてたから、窓の反射であんまりよく映らず。


掛川まで到着。
掛川駅はなにやら改装中っぽく、左手の建物は囲ってあった。


ここからJRで、清水駅まで行って旅館に投宿。


駅前商店街にこのようなのぼりが。


晩飯どうするかなー、と商店街を歩くと、なんとなくピンときた弁当屋に入って色々買い込んで宿に。
着いた時間も遅いし、今日は宿に入っておしまい。

天竜で買い込んだ、花の舞酒造の「本醸造 花の舞」で一杯。
これがまたずいぶん飲みやすくて美味かった。


清水の町には宿泊しただけで、翌日も観光はする時間取れない。
まあ、また縁があれば清水を目的に見に来ることもあろう。


冬の静岡に企業博物館を訪ねる (2日目・タミヤ歴史館)

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清水ではちょっと上等めのビジネスホテルを使ったりして、清々しくお目覚め。

清水でも何か見たくはあるのだけど、静岡のタミヤ歴史館の予約を11時にしちゃったので、清水で動けるのは早朝でどうにもならず。
ちびまる子ちゃんが「見ていけー清水見ていけー」とアピールしているけど振りきって静岡鉄道静岡清水線に。





なかなかきれいな新清水駅だが、最近改築したばかりで、元は2階建ての駅ビルでテナントも入っていたとか。
かつては駅前を静鉄の路面電車が走っていたりもしたそう。


通勤急行というのでしめやかに新静岡まで移動。

JRの本線は駅間が広大なことが多いので、ほとんど並走して駅間の細かい私鉄が走っている区間は何度か見たことがある(福井-武生間の福井鉄道武生線とか)が、ここもそのひとつ。
世間では平日で仕事があるから、通勤急行の車内は混雑していて車窓の風景はあまり見えず。

どうもこの電車、静鉄1000系というそうだけど、パワーのある車両なのか運転手の癖か、発車とともに急加速して乗客がよろめくことが何度か。


そして到着した静岡はまだ朝の8時半。さてどうしよう。

とりあえず駿府城のほうへと歩いて行く。


きれいな外郭。
どうも今まさに改修工事中で、ここはできたてのよう。反対側はまさに建築中だった。

コトワザに「ならぬ堪忍スルガスンプジョウ」というが、かつて中央競馬にスルガスンプジョウという馬がいた。
こいつがまた強いはずで人気を集めるのに、不利を受けて負ける・重要なレースを欠場・距離のあうレースに恵まれない、といった理由で惜しくも勝てないレースが多かった。
人気で負けるから、馬券がやられてブチ切れそうになる競馬ファンも多かったけれど、その許せないというところを堪忍するのが堪忍というものだ、ということから、「ならぬ堪忍スルガスンプジョウ」というようになった。
競馬ファンには常識といえるコトワザなので、教養として覚えておこう。


さあ攻めこむぞ。
この堀は本来は最外周ではなく中堀で、この東御門橋を渡って高麗門をくぐる。



正面と左手が多門櫓、見えてる北側の門が櫓門。

ここまでひっくるめて東御門。
東御門を出てすぐに安藤帯刀の屋敷があったことから「帯刀前御門」といわれたり、また台所奉行の松下浄慶にちなんで「浄慶御門」ともいわれた。

東御門には有料で中も見学できるようだけど、あいにく始まる前。9時半からだったかな。


駿府城は、さして合戦の舞台になったわけでもないのに不思議とよく燃えたりする。
1585年に築城され、1607年に失火で燃えた。1610年に再築。
大御所が亡くなった後、城主の徳川忠長が乱心した(ことにされた)りややこしいことになって、1635年に城下町の火事が延焼してまた燃えた。この時は城主がいなくなっていたので、天守は復元されず。
明治になって歩兵連隊を誘致するために、城郭をあらかた壊してしまった。まあ明治頃にはよくあることだけれど。


門をくぐると公園になっている。


さっきのが中堀だったわけで、当然もうひとつ内堀がある。


石垣が見えるが、平面部は打込み矧ぎ(荒割した岩を積んで隙間に石をつめていく)、角は算木積み(横長の石を重ねる)になってるとのこと。一応写真からも伺える。
江戸時代には、幅22~30m、深さ5mくらいだった。


家康公お手植えのミカン、ときた。
紀州から献上されたのを移したもので、こっちではホンミカンと呼んでいるものだそう。種がある小さめの実がつくとのことで、今の温州みかんとはちょっと違うか。


ミカンあたりが本丸だったので、この通り家康公像が立っている。



城址を出て、城の西側に神社を見つけた。
奥津彦神社、どうも今川時代に祀られていた神社のようだ。
まあ今ではこの通りの小ささだけど、徳川時代にはあまり大事にされなくなったのかもしれないな。

で、徳川時代には浅間神社ができる。
目の前に大鳥居も見えているので、そっちに向かおう。



浅間神社への参道には、商店街が連なっている。
まあ、あいにくまだオープンしてない時間だったけれど。

で、唐突に現れる山田長政。ナガマサナンデ?
店が空いてないのでよくわからなかったが、なぜかタイのポスターが貼られていたりしたのが散見された。
山田長政が静岡出身であるらしいけど、他にも縁のある人は多かろうに、なぜ彼なんだろう?
タイミングが良ければもう少し注目したかったけれど……


そこそこ歩いて浅間神社に到着。
大歳御祖神社と碑が立っているけれど、こっちからだとまず御祖神社に参る順番。


どうも、派手なつくりの神社やな。

境内にはいくつも大きめのお社がある。
ひとつ大きくて後は小さな枝社、あるいはせいぜいふたつくらいが並立するのはよく見るけど、ここは並列性が強いような。




変な角度だけど、ずいぶん派手に手の込んだ社殿を入れたくて近めから。
こっちは八千戈神社。元々は家康が摩利支天を祀っていたところで、神仏分離で八千矛命に切り替えた。


大きい摂社が多かったけど、やはり本命の浅間神社はひときわ立派な楼門を構える


拝殿。
やっぱりこういう神社はあんまり関西では見かけない。
関西で派手な神社といったら秀吉や秀頼の趣味のものだから、金ピカ系のが多い。
こういう極彩色は家康のセンスなんだろう。家康が地味で質実剛健ってほんとかよ、という気がしてくるな。


ぶらぶらと駅に戻ってくると、もう10時半。
タミヤ歴史館の予約が11時なのに大丈夫かな、と観光案内所でバスを聞いたりするも、なかなか来ない。来たと思ったら、環状バスの逆回り。

結局タクシーを使ってしまった。
のだけど、慌ててタクシー乗ったら思ったより早く着いてしまい、しかもタミヤ歴史館は自由見学でツアーがあったりはしない。
時期もあってか混んでもいなかったから、早めについて受付にいくと、15分前でもそのまま見学に入ってくれてよし、とのこと。あらら。
まあ、時期が時期だし混雑するタイミングじゃないけれど。


タミヤ歴史館は撮影自由だけど、まあこれから行く人にスポイラーになっても悪いので写真はほどほどに。


初期のタイガー戦車。
右隣のパンサー戦車が初代で、小松崎茂のボックスアートで有名なシリーズ。1961年から。
今戦車模型が1/35スケールが標準なのも、モーターで走るキットとしてこれを作ったスケールがそれだったからで、以後デファクトスタンダードとして普及していった。


子供の頃にはタミヤのラジコンはずいぶん憧れたもんだったな。
私は年齢的に初代のレーサーミニ四駆ブーム、ミニ四ファイターやダッシュ四駆郎とともに育った年頃だったから、ミニ四駆の親玉として羨望の的。
世間はバブルだったのに、うちはどうも貧乏で、何万円もするラジコンってちょっと買ってもらえなかったな。


世代といったら、やっぱ憧れはこれだな。オフロードバギーのシリーズ。
私が初めて買ってもらったレーサーミニ四駆はフォックスJr.だった。ホットショットJr.は確か弟が、そして父親も一緒になってブーメランJr.を買ったんだ。

1976年発売の初代ラジコンカー・1/12 ポルシェ934ターボももちろん展示されている。


ビッグスケールのバイク・レーシングカーシリーズ。
バイクは1/6、レーシングカーは1/12。一般的なキットはその半分。
フラッグシップシリーズとして、当時の技術の粋をつぎ込んであって、1/6 CB750Fourなんかはチェーンをひとこまひとこまパーツにしてあるほどだったとのこと。
一度1/6のバイクなんか作ってみたいけど、好みの車種が微妙に出てないのよね……


スロットカーなんかもすこし展示が。


飛行機関係。
最近再販されて意外と手に入れやすいミニジェットシリーズがずらっと。
っていうかビゲンあったんだ。私ビゲン好きなんだ。

1/100というスケールの飛行機は、タミヤのこれ以外にはほとんどないから、他と合わせづらいのがちょっと難だ。
かといって1/72スケールはイタリアのメーカーのOEMだし、1/48はでかすぎる……ということで、私はあまりタミヤの飛行機キットは作ってないな。


多分駄菓子屋とかで売ってたんであろう、1/250の零戦とか。これ一個ほしいな。
大戦中のプロペラ機なんて1/144スケールでも極小だから、作るの大変だろうけど。


そして、タミヤ模型がいまだプラスチックモデルに至らなかった時代の、木製模型シリーズが。
今みたいに貼りあわせていけば大体形になるもんじゃなくて、おおまかな木材がゴロゴロ入っていて、丁寧に削って形を整えて建造していくもんだったそうな。
やっぱりプラモデルの精緻さには及ばないし、多分このクオリティで造り上げるのがかなり高いスキルが必要なんだろうな。

タミヤは元々木材加工の会社で1946年創業、1948年には木材の切れっ端を模型に仕立てる部門ができて、それが人気になって1953年には模型屋になっていったそうな。


船の評判が高かったみたいだけど、戦車なんかもある。


他にも、海外でやってるコンテストの受賞作や、ここまでに挙げたような大昔のものではない、ちょっと古めのキットが多数展示されている。
男子ないし模型ファンなれば、隅々まで見ていたい場所よ。


歴史館を離れてロビーに行くと、今度は実物車両の展示コーナーがある。
F1カーとかポルシェとかオフロードカーとか色々あるのだけども、


うわ、タイレルの6輪だ。
今はもう4輪でなきゃダメと明文化されてるらしくて、二度と現れることはない。


バイクもありましてですね。


私が初めて乗ったバイクであるところの初期型FZ250 PHAZERじゃないかー。
私のはブルーだったけどね。



インジェクション成型機。
多分かなり古い型のもんだと思うけども。今のはもっと複雑化してると思う。


それで成形したらしいプラモデルを、おみやげとしてひとり1個持ち帰っていい、とのこと。

実は前にも何かのイベントで、こういうおみやげキットもらったことがあるんだけど、その時はヤマハのタウニーというファミリーバイクのキットだった。
あとベルーガというスクーターもあったんだっけ。

行くタイミングによって違うもんが出るのか、そのへんは不明。
タウニーもらったのって7年くらい前だと思うけど、そもそもタウニーって30年以上前のバイクだから、7年前の時点で相当古いもんだったはず。


ショップで限定アイテムを幾つか買い込み、これはもう帰ったらまた何か久しぶりにプラモデル作るしかないな、と決意を新たにして、タミヤ本社を後にした。


静岡駅にはバスで戻った。
三菱電機前、というバス停が最寄りなのだけど、この停留所は通勤時間帯しか使われない。その隣のバス停まで歩いて乗車。



静岡駅近くで鉄火丼を食した。
静岡ってマグロの水揚げが多いんだってね。

しかし静岡というところは、思っていたよりずっと都会的で賑やかな感じ。
建物も高いし綺麗なところが多い。再開発されて間もなかったりするんだろうか。


駅前にある、静岡ホビースクエアに行ってみた。
特別展は子供向けのものだったのでパスして、常設展を。

静岡の模型メーカーが協賛してやってるので、各社の歴史=模型の歴史を年表にしてパネルにまとめているだけで読み応えがある。
各社の新製品展示もなかなか充実していて、大メーカーだけでなくEBBROというダイキャストミニチュアのメーカーや、Woody JOEという木製模型専門メーカーもある。

物販コーナーもあれば(アオシマがいるから艦これグッズまで置いてたりして)、買ったキットをその場で作れる工作スペースも。


それからその近くのビルに、「しずおかO-CHAプラザ」という施設があって、立ち寄ってみた。
ビジネスビルっぽい建物の3階、ちょっと観光客が立ち寄るには場違いな雰囲気もなくもなかったけど、入ってみれば面白いスポット。

県営の施設で、お茶とお茶のいれ方についてのインストラクションを無料で受けられる。
日によって使うお茶は違うみたいだけど、今回は袋井というところのお茶。

教わりながら入れてみたんだけど、これが思ったよりはるかに美味しい。自分で入れてるから、マジック使ったりはしていない。
お湯の温度を下げて入れると、あまり苦味成分のカテキンが抽出されなくて、甘み・旨味が立った味になる。
逆に上げて入れると、渋みの立ったほろ苦くスッキリした味になった。
温度を変えながらひとさじのお茶から3杯取ったというのに、3杯目まで美味しかった。
甘いのが好きか苦いのが好きかは好き好きとのこと。

家に帰って天竜茶を入れて楽しむときにも、ここで教わったことがよく役立った。
適当に入れて飲んでこんなもんかー、で終わるよりよほど良かったな。
まあ、買って帰った天竜茶は、同じ量で3000円から300円までグレードの差があったやつの下から2番めくらいのもんだったので、O-CHAプラザの袋井茶は相当良いものだったのかな、という差もまた感じてしまったけれど。
次に静岡行くことがあったらとびきり良い奴買ってやろう。
天竜茶だって静岡でも上質なものと評判らしいから、あくまで私が半端にケチったせいか、まだいれ方が甘いかどっちかのはず。


静岡市美術館に行ってみたら、休館日だった。
まあシャガール展だったし、趣味が400年遅れてる私にはシャガールは理解できんからいいんだけど。


さて、静岡駅前でいきなり飛び込むような場所も思いつかなくなったので、ちょっと早めに、宿を取ってある浜松へ移動開始。
これはJRで普通に乗って行くだけ。さすがに新幹線ひと駅使うのもな。

後から思えば、まだ午後2時ごろだったんだし、磐田で途中下車してヤマハ発動機を見に行けばよかったな。
ていうか私はヤマハファンじゃないか。なにやってんだ。


浜松について、早めに宿にチェックイン。
浜松もまた、思ったより都会的。
ただ、駅近くはビジネス街色が強くて、繁華街はちょっとだけ外れたところにあったようだ。
私にはそれがわからず、また静岡と違って大きな神社があったりもしないみたいで、これから日が暮れるまでの時間はどうしようか……という状態に。

宿ではちょうど艦これのクリスマスイベントが始まっていて、いつも那珂ちゃんを旗艦にしている私はログインするなり驚愕したり。

また、昨日も調子が悪かった、USBのXiデータ通信端末L-02Cが、どうも完全に故障したよう。
デバイスドライバーや管理プログラムなどは完全に動いてるのに、どうしてだかずっと圏外になって接続できない。多分ハードウェアの故障だろう。
まあ白ROMの中古扱い品買ったんだから文句は言えんけど、これ10回も使ってないぞ……



神は言っている。まだ宿に腰を落ち着ける時ではないと。

せっかくだから、遠州鉄道に乗ってしまうことにした。


この赤いカラーリングから、赤電などとも呼ばれているとか。
通常の3倍速かったりはしない。ドアの開閉が3倍速いとか、行き先表示板の切り替えが3倍速いとか細かい芸があったりするかもしれないけど。

12分間隔とたくさん走っているだけあって、逆に言うと観光路線なんかじゃなくて、住宅地と都心の人員輸送が主目的な路線なんだと思う。
どうも、沿線で観光しようというところがあまり思いつかなかった。車窓にもずっと住宅街って感じで。

で、端っこの西鹿島まで来ちゃった。
西鹿島で、天浜線と接続している。

いっそ天竜川を越えてぶらぶら歩いて行けば、昨日見そこねた二俣城址なんか見れるかな-……と一瞬思ったのだけど、ちょっと遠い。


とりあえず天竜川まで出てみた。


天竜川を越える天浜線の鉄橋。昨日は上から観たんだな。


川沿いは工事中で、あまり川面に肉薄できず。
鉄橋の工事なのかな?


日没の時間で、駅に戻ってきたらかなり暗くなってしまった。



浜松に戻ってきて、夕食に、近頃売り出し中の浜松餃子を出す店があったので入ってみた。

どんなもんやろな……と食べてみると、なんかフツー。
むしろいつも食べ慣れてるようなあっさり味だな、と思って調べてみると、豚肉・キャベツという具材が、実家で作る餃子と同じだった(浜松餃子は玉ねぎだけどうちのは普通の万能ネギ)。
そして奇しくも円形に焼くところも同じ。
もやしをつけあわせる、というのは異なる点ではあるけれど。

愛媛出身の母が、大阪の料理教室で習ったレシピに、勝手にアレンジを加えたものが偶然にも浜松餃子と酷似したものになってたようだ。
なんという偶然……


駅ビルで、お亀堂という菓子屋が、昨日豊橋でスルーしてしまったあん巻きを売ってるのを発見。
豊橋のオリジナルと違って、こっちは小ぶり。2つ購入した。

パンケーキ皮で餡を巻いてある、まあ言ってしまえば食べる前から味がわかってるようなお菓子だけども、しかしまた不味いわけがないような味ともいえて、実際美味しい。
今夜はお酒は入れずに甘党で過ごした。

とりあえず艦これのイベントマップひとつめを突破して就寝。
WiFiある宿でよかったな。


しかし、静岡というところは、思ったよりはるかに暖かいところだった。
大阪で普段過ごすような、ヒートテックシャツにセーター、革ジャケットという格好で歩いていたら、しばしばちょっと暑く感じるくらい。
寒い場合に備えて用意していた長袖ヒートテックシャツは、多分暑くなりすぎるので封印することに。

冬の静岡に企業博物館を訪ねる (3日目・スズキ歴史館)

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ばくおん!!という悪質バイク漫画がある。
この極悪非道なるバイク漫画においては、スズキのバイクに乗ってるような奴はおかしい、病気だという卑劣な風説の流布が行われ続けている。

しかし自分では乗ったことないし今まで乗ったのほとんどヤマハだけど、友人にスズキファンを持つ私としては、スズキの魅力をより深く知りかつ正しく広める責務があろう。

というわけで、今日はスズキ歴史館へ。



宿を出て、駅ビルのパン屋で朝食。
名古屋圏では、喫茶店が異様に豪華なモーニングというのだが、浜松はそこまでではなかった。
ただ、小倉餡を挟んだフレンチトースト、という、なんか中京くさいもんを売っていた。
買って食してみたのだが……こんなに甘くていいのか!? 甘すぎる!



浜松では「出世大名家康くん」なるゆるキャラを売り出し中。
家康の居城というと、岡崎城とか駿府城のイメージのほうが強い気がするのだけど、三方ヶ原でアレしたときの居城が浜松城か。

浜松城は、城主が徳川幕府の重臣に出世することが多かったらしく、出世城なんて呼ばれているそう。
それで最大出世者ということで家康を引っ張りだしたわけかな。


さて、スズキ歴史館の予約の11時まで間がある。
しかしあれだ、11時の予約というのはあんまり良くないな。時間前に何かしようにも、施設がオープンするのが10時が多いからほとんど動けず、午前まるごとロスしてしまう。
今度から午後2時とかにしよ。

浜松城まで歩いていくか、あるいは9時半オープンの楽器博物館か。
迷って、楽器博物館をチョイス。


アクトシティという駅前のビル群の、駅と反対側の端に楽器博物館がある。
アクトシティの屋上部は都市型庭園になっているので、散歩がてらぶらぶら歩いて行く。


ショパン像。
浜松市はワルシャワ市と音楽文化交流協定を結んでいるそうで、その時にポーランドにある像の複製をこっちにも建てたそう。

近くは音楽の庭となっていて、演奏ステージがあったりもした。たまには演奏会などもやってるんだろう。


見返すと意外に写真撮ってなかったが、私は結構こんな都市型庭園は好き。


浜松駅を見下ろすところも。
車両が通りかかればいいんだけど、ちょっと間が悪かった。


そして楽器博物館に到達したと思ったら、休館日だった。
第2・4水曜日休みだったかな。まさに今日は第4水曜。


タイの「クローン・エー」という太鼓が展示してあった。


がっくりしつつ、これなら浜松城行った方がよかったかなあ、と後悔しながらも、気を取り直して駅の方へ戻る。
さらにザザシティというショッピングセンターまで歩く。

ザザシティまで来て初めて、浜松の繁華街はこの辺りだと理解。駅の間近はビジネス街だ。
10時開店を待って中へ。

ここには「浜松ジオラマファクトリー」という施設がある。
かのジオラマ作家の山田卓司の作品を展示している。


この「おつかいのおもいで」という作品には、撮影可と案内があったので一枚。
こういう昭和っぽい情景のシリーズのほか、戦車モノ、ガンダムやウルトラマンなどのワンシーン、ジブリ作品(ことさら著作権が厳しいのか、ジブリのは作品ごとに撮影禁止の表示があった)などなど。

さすがに作りこみがすごくて、多少なりとも模型作って遊ぶ身には、どれもこれも見応えたっぷり。
スズキ歴史館の予約時間が近いというのに、つい長居してしまった。
静岡県はほんとホビーの聖地だなあ。

で、駅についたらやっぱり間に合わない時間に。ああ。


スズキ本社は、浜松駅の西隣、高塚駅前にある。
前といっても10分位歩くけれども。

20分くらい遅れてしまったが、幸い混んでるわけでもなかった。
というか私しか客いなかったな……



スズキも最初は織機のメーカーとして始まったので、まずは織機から。
まあ、さすがに織機の機能や性能は私にはいまいちわからんけれど。
パンチカードのプログラムで複雑な柄を織るようにしたものなんかを開発してたそう。


程なくスズキがオートバイ事業に乗り出す。
といってもやっぱり最初は、自転車に取り付けるような補助エンジンから。
1952年のパワーフリーE2。36cc。


第一回富士登山レース優勝・札幌鹿児島間3000キロを18日間かけて日本縦断テスト走行に成功するなどで話題になった、ダイヤモンドフリー。
空冷2サイクル単気筒58ccで2馬力。1953年当時なら結構なパワーか。パワーフリーE2は1馬力。


1956年に、ダイヤモンドフリーで高橋昭治・雄次兄弟がタイ・バンコクからパリまで47000キロを走破した、その実車も展示されていた。


1955年、赤字覚悟の大チャレンジで生み出された、日本初の軽四自動車・スズライトSS。

当時の難所・箱根の坂で、パワー不足で止まったからマフラー外して乗り越えて東京へ。
ヤナセの創業者に、乗って評価してくれと頼んだら4時間も乗り回され、そして「これはいい」と言わしめた、というサクセスストーリーが映像で解説される。
さらにこのスズライトが乗っているテーブルがぐるっと回転して、


ライトバン型のスズライトTLが現れる。
乗用車は贅沢品ってことで物品税が15%ついたんだけど、貨物車扱いならそれがかからないからということで、バンにして貨物車として認定を受けた。
お医者さんが、一刻を争う患者さんを素早く往診するために購入した、というストーリーの映像がなかなか泣かせる。


スズライトキャリィFB。
今のキャリィに続く初代モデル。


フロンテ360を、家のジオラマの中に展示。
1967年のモデル。私の父親は、初めて買った車はフロンテだったらしいけど、もうちょっと後のモデルかな。
車の横に立つとなにか起こる仕掛けがあったらしいんだけど、なんか動作しなかった。

この後しばらく、四輪の展示がことごとくフロンテばっかりに。
まあ360ccも800ccもみんなフロンテだったみたいだけど。


RM62。
マン島TTの50cc部門で優勝した車両。


T20。世界一速い250ccを目指して開発された。
CCIS(潤滑油分離供給)を二輪で初めて実装、市販車初の6速ギア、アルミ製2サイクル2気筒エンジン。
レースカーの技術をぶち込んでしまう、後々過激化する路線の走り。


スズキ初のナナハンGT750は、水冷2サイクル3気筒。67馬力。
意外に静かに走るバイクだったそう。


GS400の初代モデルは1976年製。


そしてロータリーエンジンのRE-5。さすがは変態スズキ。
ジウジアーロデザインで、メーター周りもかなり個性的。


この近くで三気筒エンジンの宣伝も入る。
最近の軽四は三気筒が多いけど、始めたのはスズキ。
4気筒はメカロスが多くて燃費が悪い・冷却損失が大きい。2気筒は1回転ごとのトルク変動が大きい。
その両者の欠点を補うべく中間的な三気筒を選んだのがスズキ。

他社は失敗が多くて諦めてたというから、色々問題もあるんだろうけど。
ホンダでさえバイクでやった時には失敗してたもんね。


初期型ジムニー。1970年。
この手のオフロードカーってカッコだけのやつも多いけど、ジムニーはガチだとその筋の人には名高い。


GT380。ラムエアーシステム!
3気筒なのにマフラーは4本出し!


さわやかアルト、47万円!
中古車が大体40~50万円くらいで売れていたから、新車をそれくらいの価格でぶつけてやる、と無茶を言って実現した価格破壊カー。
ツインやらチョイノリやら、その後もちょくちょくこういうことやるもんね。

ここは映像解説で、「50万円以下でできるか?」「無理です」「じゃあエンジンなしなら作れるか!」「(それもう車じゃないだろ……)まあできます」「じゃあやろう!」という、開発会議の無茶ぶりの様子を流していた。
価格の対比のため、当時の物品を置いてあったんだけど、NEC PC-8001が12万円ちょっとというのもあった。その時代のもんなんだなあ。


ハンス・ムートに頼んだGS650G。
いってみればKATANAの祖先みたいなもんか。


一瞬流行るかと思わせて流行らなかったターボバイク、XN85。
ロータリーはさすがにスズキだけと思うけど、ターボは他所もやってた。CX500とか。


そしてKATANA。初代のGSX-1100Sね。
この固体は2000年に1100台だけ生産したファイナルエディションの1100番車。つまり最後のカタナ。


80年代の花型・RG250Γ。


スズキの誇るザ・冗談バイク、RB50 GAG。
スズキは明らかにギャグだっつってやって(エンジンもビジネスバイクのバーディーから流用だったか)、ヤマハも乗ってきてYSR50なんて発射した。
するとそこに、なんかホンダが空気読まずにガチで速いNSR50を出してきて、ヤマハもケンカ買ってTZM50Rとかで殴り返し、まさに冗談から出た駒というような有り様になったとか。

まあ、バイク界のブームって、スズキがなんかやって、ヤマハがカッコいいの出して後追い、そしてホンダが後出しで大人気なく全部持っていく、というパターンが多いイメージはある。


バリバリ伝説でもおなじみGSX-R。


東京タワーの愛称でお馴染みの変態デザイン・GSX400Xインパルス。
まじまじと実車見たのは実は初めてなんだけど、やっぱり、うん、ヘンやと思う。うん。


チョイノリ。
一度乗ってみたいんだけど、さすがにすぐ壊れてどんどん弾が減っている……


未来を見すぎて客がついてこず、絶版になってからようやく客がおいついてきてプレミアになったSW-1。
確かにいまこれ見かけると乗りたくなるよね。
かといって再販掛けたら売れない気もするっていう。


四輪は運転に自信がなくて乗らない私だけど、Keiはちょっといいなと前から。


ツインてハイブリッドあったんや……知らなかった……


このへんで3階のフロアは終わり。
今度は2階に降りて、製造工程や開発に関する展示へ。


コンセプトカーはこっち。Kizashiから。


近頃ようやく話題になってきた、都市型の小型コミューター・S-RIDE。2003年お披露目のもの。
最近の流れから見ると、世にでるとしたらもうちょっと小さいものになるのかな。


PIXY。
多分シニアカーの発展形みたいなものかな。2007年の東京モーターショーで出したもの。

他にも、都市迷彩みたいな塗装の試作車があって、そういえば他にも観たことあるなと思ったら、どんな外形か他社にバレないようにやってる、と解説されて、ああそりゃそうかと手を打ったり。

なにげに工程システムの展示が面白かったり。
ラインの一部をコンパクトに実際再現してあって、重荷用補助アームとか一部触れたりする。


他には浜松市の紹介コーナーもあり、浜松の偉人(ヤマハの創業者も含む)のパネルが並んでいたり、自衛隊基地にちなんでフライトシミュレーターが置いてあったり。


1階ロビーに降りると、レース車がずらっと並ぶ。

物販コーナーは自動販売機だけだったけど、スズキおなじみ、ノベルティにしか見えない純正部品が並べられていた。
スズキファンの友人のため、部品をひとつ購入していった。

スズキの部品といえば、寿司屋の魚の漢字を並べた湯のみに見せかけて、ほとんど鱸でうめつくされている湯呑みが有名だけど、あいにくあれはなかった。
近頃のゆるキャラブームに乗っかってか、大昔の「CCI坊や」を引っ張りだして湯呑みを作っているようで、それが売られていた。
CCIって、上に写真のせたT20の、2ストエンジンの潤滑油を分離給油するシステム。
その機能にマスコットキャラを作ってまでアピールするほど自信があったようで、CCI坊やの実物もT20の近くに立っていた。


実際楽しい場所で、実に2時間位かけてくまなく見てきた。
解説映像をほとんど全部見ていった博物館は初めてかも。

鈴菌に感染して、ここを出た後に自宅にスズキ車がなければ禁断症状を起こすかもしれないが、その覚悟のある者は来るべし。
まあ、幸いにも、一発で発病するほどものすごい変態車はそれほど展示してなかったから、罹らなくて済むかもしれない。
RF400もなかったし、テンプターもなかったし、SV400Sもなかったし、アクロスもなかったし、3型カタナもなかったし、サベージもなかったし。

いやースズキは素晴らしい。


高塚駅に戻って、あとは帰路につくばかりだが。

飯も食ってないしちょっと弁天島で降りてみた。


オフシーズン。
今来てどうすんだよ感たっぷり。あ、センサーにゴミが……


結局この後蒲郡まで行って、蒲郡駅前で飲食店を探すもピンと来ず、仕方なく駅の立ち食いそば屋に入ってカレーきしめんを頼んだら、空腹のせいかこれがやけに美味かった。ナンデ? というくらい肉がゴロゴロ入ってた。偶然だろうけれど。

蒲郡からあえてJRじゃなく名鉄蒲郡線経由で名古屋へ。
そして帰阪。


いやー、思った以上に楽しかったな静岡。
まだ見残した場所も多いし、また来ることもあるだろう。

加工したKenko DSC880DWと、13年終の日の入り

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(書いている時点では)あけましておめでとうございます。

初日の出見に行くのは混雑するし、そもそも大阪は東側が山だから、登山しないといけない。
まあ山から覗く日の出も悪いものではないだろうけれど。

初日の出と違ってなぜかまったく注目されない、終の日の入りを見に行くことにしてみた。
一応元太陽電池関係者として、この一年の日射に感謝とお礼を捧げにいくのです。でまかせだけど。




で、前回あれこれ書いたKenko DSC880DW
なにしろ逆光に弱いのが難だなあ、ということで、ちょっと加工を加えてみた。


ひどくブサイクな加工になってしまって実際恥ずかしいのだけど。
レンズ最前面に入っているプロテクター板に、ケラレてしまわないギリギリのラインまで黒塗りにしちゃう、という単純な加工。

レンズ周りを傷だらけにしちゃったのは、このカメラでやたらと出る、円周状の虹色ゴーストが、この飾り枠の反射によるものだと誤解していたせい。
こんなパーツはプラスティックだろう、と思って、一旦ヤスリを当ててメッキを剥がして艶消し黒に塗ろうとした。
そうすると、予想に反して金属パーツ。メッキもしっかり蒸着されていて、なかなか剥がれない。
結果、ヤスリの手元が狂ってあれこれ傷を増やしてしまった。

この飾り枠、取り扱っているうちに何かにこすられてしまいやすい部分だから、しっかりした造りにしてあるみたい。
前の記事を書いてた時にも思ったけど、このカメラはかなり力入れて作ってあるなあ。

一応飾り枠だけ黒塗りにして試写してみたけど、撮影結果にこれといった差は見られず。
真似するなら飾り枠には触れず、プロテクター板のみ塗るのが吉。


枠を塗るのは、まず液晶画面を確認しながらマスキングテープを貼る。
このカメラは前面液晶ファインダーなんて素敵なものがあるから楽な作業かと思いきや、前面液晶はどうも視野率が100%ではないみたい。背面液晶でやるべし。

塗料は、手元にあった模型用塗料、GSIクレオス・Mr.カラー(水性ではない方)のフラットブラックを使った。
ただし、模型用塗料はスチロール樹脂にはしっかり定着するけど、このプロテクター板はスチロール樹脂ではなさそう。
爪で引っ掻いたりしたら剥がれるような脆弱なものになるので、取り扱いには注意。

ただまあ、飾り枠のお陰で若干奥まっているので、ポケットに入れてる程度なら剥がしてしまうようなことはなかった。
付属のケースを使えば大体大丈夫じゃないかな。


塗らなくたって、黒いテープを貼り付ける形で対応したほうが手っ取り早いとは思う。
薄くて透けない黒テープ、というのが意外とすぐ手に入れられないんだけれども。


で、これの効果の程がどうか、というと。
対策前に撮影した枚数が少なくって、あんまり定量的に評価しがたいな……。


強いスポットライトなんかが画面内にあると、円周状のゴーストが出ること自体は変わらない。
ただ、このカットの場合は、こんな太陽モロ入れでゴーストを出すなという方が無茶だ。
円周ゴーストの上のほうが途切れている、というところに効果が出てるかもしれない程度。

そもそも、改造前の写真を確認しても、屋外での撮影だと別にゴーストは目立たない。
交通科学博物館が、「暗い室内に強いスポットライトが多数」という、DSC880DWにとって特に嫌な条件だっただけかもしれない。



ゴーストは関係ないけど、なぜか不思議と、ライトアップされた夜景なんかも手持ちで撮れちゃう不思議。
露出補正-2.0EV、感度最高にしただけなんだけど、半分は目立つ手ブレなしのカットになった。


これも空は飛んでるけれど、別にゴースト出そうな条件じゃなかったと思う。
堺の宿院頓宮隣の公園に飾られているウサギのオブジェだけど、14mmで寄って撮ると過剰に面白く写って楽しい。

クリックで等倍表示
前回、「800万画素機と表示しているけど、実際はもっと少ない画素数のセンサーで、引き伸ばして800万画素にしてるんじゃないか?」と疑念を持った。
これは500万画素設定での画像だけど、特に引き伸ばしたようなジャギーは見られない。
やっぱり800万画素のセンサーじゃないよねえ。500万画素機だと思う。


さて、横道が長かったけれど、2013年の終の日の入り。


りんくうタウン駅近くの、りんくう公園を場所に選んでみた。
日没の時刻は16時57分。これは30分ほど前か。

で、こういうカットを写して初めて、若干画面右上に黒塗りがケラれてるのがわかったりして。
ゴーストらしいのは太陽近く左下にあるくらいだけど、加工の効果だろうか。どうだろう。


画面左下にひとつゴーストあり。この程度で済んでるのか、元々この程度なのか……


多分このへんでホワイトバランスを曇天に設定して、わざと赤く写るようにしたはず。
露出補正-1.0EV、ISO100固定。


これは+1.0EVの補正だけど、+2.0EVにすると画面じゅう真っ白になった。
Exifを見ると、このカットは1/500秒のシャッタースピードなのに、露出補正するだけで1/8秒になっていたようだ。
どうも露出補正にもすこし癖がある気がする……


曲がる水平線。まあこれは仕方ないか。


で、海岸まで来てしまって前景がなくなると、14mmなんてウルトラワイドで撮っても何も面白くないのだった。

ここでカメラを持ち替えて、富士フィルムのQ1 DIGITAL 4.0 Irに。
また変なカメラが出てくるもんだ。
単焦点パンフォーカスレンズだけど、ライカ判換算46mmもある妙に長いレンズがついてる。


まだ丸い。


半分。
周辺光量が落ちてるのはこのカメラの仕様。


消える。

2013年お疲れ様でした。

環境計量士(濃度関係) 過去問チャレンジ H25-環化

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先日、無事に公害防止管理者を取れたところで、次に受ける試験は環境計量士(濃度関係)。

実態はともかく、行った大学と自己認識は文系である私には、公害防止管理者(の一番簡単であろう水質四種)でも大変だった。
環境計量士となるとさらに難しいところで、まあ正直あまり通る気はしない。
問題のレベルでいえば、化学関係の問題は理系大学生ならわかるべき程度らしいんだけど、世の理系大学生というのは頭のいいもんなんだなあ。同じレベルのことやってみんとわからんわ。


で、もう2ヶ月すこししかないけれど、環境計量士の過去問を調べ調べ、解いていこうと思う。
過去問は経済産業省のサイトからダウンロードできるので、とりあえず新しいものから。

カッコいいようなことを言えば、意味もよくわかってないのに回答のコツだけ掴んで解けるようになる、みたいなのは嫌いではある。
あるのだけど、そんなこと言ってたら試験までに到底終わりそうにないので、もうとにかく過去問にぶつかっていかなきゃ間に合わないの。

まずは、平成25年度の「環境計量に関する基礎知識(化学)」、環化から。


問1. 環境基本法に関する次の記述の中から、正しいものを一つ選べ。


公害防止管理者の試験でも、環境基本法については触れるから、ここは多少知識があった。
環境基本法は、日本の環境に関する基本理念を定めるものなので、あまり個別具体的なことには触れない。
総務省から環境基本法を引っ張ってきて、それっぽいワードで検索すると確認もできる。

1は、「温室効果ガス」なんて個別の話なので、環境基本法にはない。
地球温暖化対策の推進に関する法律に似たような記述がある。
2は、「国民」が「施策を策定、実施する責務を有する」なんてウルトラな文章になってるので間違い。国民じゃなくて地方公共団体。
3は、「事業者」が「法制上の措置」を講じなければならない、なんてやはり無茶なことを言ってるので間違い。事業者じゃなくて政府。

4は、環境基本法第一条そのまま。選択肢の文章にも引っかけみたいな書き換えはない。これが正しい選択肢。

5は、まあパッと見ヘンな記載だし間違った選択肢だけど、「工場」を「環境」に直すと、環境基本法第十条の記述になる。6月5日は環境の日、かつ世界環境デー。

2, 3, 5がヘンなので、悩むとしても1か4、「環境基本法は個別の話はしない」と知っていると1も消える。

問2. 水質汚濁防止法に関する次の記述の中から、誤っているものを一つ選べ。


これは水質関係の公害防止管理者としてわからないといけない……んだけど、あれー?
とりあえず水質汚濁防止法を見ましょう。

1は、よく読むと、「水質環境基準に適合しない」とあった。
水質環境基準は、川とか湖沼とか海(公共用水域)がこれくらい綺麗であるべき、という基準。
排出水については「排出基準」が正しい。よってこの選択肢が間違い。

2以降は正しくて、施設の改善や施設の使用・排水の一時停止を命ずる権限が知事にある。
3から、ちゃんと測定して排出しなきゃダメだし記録も残す。
4から、知事がちゃんと見ておく義務がある。知事が指示することになるから当然っちゃ当然か。
5もその通りで、測定計画を作成する。他に、総量規制がかかっている地域については、総量削減計画も立てる。

「水質環境基準」と「排出基準」なんて基本的なことだから、公害防止管理者がわからんかったら問題なのだけど、そもそもそこに目が行ってなかったな……

問3 水質汚濁防止法に基づき、政令で定める有害物質に該当しないものを、次の中から一つ選べ。


政令で定める有害物質というのは、水質汚濁防止法施行令の第二条に列挙してある28物質になる。
数字が漢数字だとか読みづらいところを直して、まとめ直すと。

  1. カドミウム及びその化合物
  2. シアン化合物
  3. 有機りん化合物のうち以下のもの
    - ジエチルパラニトロフェニルチオホスフェイト(パラチオン)
    - ジメチルパラニトロフェニルチオホスフェイト(メチルパラチオン)
    - ジメチルエチルメルカプトエチルチオホスフェイト(メチルジメトン)
    - エチルパラニトロフェニルチオノベンゼンホスホネイト(EPN)
  4. 鉛及びその化合物
  5. 六価クロム化合物
  6. ひ素及びその化合物
  7. 水銀及びアルキル水銀その他の水銀化合物
  8. ポリ塩化ビフェニル (PCB)
  9. トリクロロエチレン
  10. テトラクロロエチレン
  11. ジクロロメタン
  12. 四塩化炭素(テトラクロロメタン)
  13. 1, 2-ジクロロエタン
  14. 1, 1-ジクロロエチレン
  15. 1, 2-ジクロロエチレン
  16. 1, 1, 1-トリクロロエタン
  17. 1, 1, 2-トリクロロエタン
  18. 1, 3-ジクロロプロペン
  19. テトラメチルチウラムジスルフィド (チウラム)
  20. 2-クロロ-4, 6-ビス(エチルアミノ)-s-トリアジン (シマジン)
  21. S-4-クロロベンジル=N, N-ジエチルチオカルバマート (チオベンカルブ)
  22. ベンゼン
  23. セレン及びその化合物
  24. ほう素及びその化合物
  25. フッ素及びその化合物
  26. アンモニア、アンモニウム化合物、亜硝酸化合物及び硝酸化合物
  27. 塩化ビニルモノマー
  28. 1, 4-ジオキサン

チウラム、シマジン、チオベンカルブなんか、公害防止管理者ではフルネームにはまったく触れないので、通称だけ知ってればいいと思う。

入ってないのはクロロホルムなので、2が正解。
こいつらには排出基準がかかるんで、公害防止管理者試験にも散々出てる話ではある。

有機塩素化合物はどれがどれだかややこしい。1,1-ジクロロエタンとか混ぜられたら確実に間違うだろうなあ。
クロロメタンとクロロホルム(トリクロロメタン)は入ってなくて、ジクロロメタンと四塩化炭素(テトラクロロメタン)は入ってる。まあ奇数は入らず偶数は入る、ということで。


問4. 大気汚染防止法における用語に関する次の記述の中から、誤っているものを一つ選べ。


大気汚染防止法もよく出るんだろうな。この問題は3でいいと思うけれど。

1は、別に違和感もないと思う。
2も、浮遊粒子状物質とか光化学オキシダントを防止するために揮発性有機化合物の排出を規制してるわけなので、こういう書き方になる。
公害防止管理者の方では、「揮発性有機化合物」からメタンが除かれることが問題に出てたはず。

3だけど、石綿とかの健康に悪いものは「特定粉じん」で、特定粉じん以外の粉じんが「一般粉じん」。よって記述が誤ってるので、これが正答。

4は、まあそのまんま。
5もそのまんま。鉛なんて書いてるのは、昔の有鉛ガソリン時代のが残ってるんだと思う。


問5. 大気汚染防止法に関する次の記述の中から、誤っているものを一つ選べ。


再び大気汚染防止法。この問題は、よくあるパターンとしては1かな。

1は、やっぱり誤っていて、「規模にかかわらず」とかわざわざ書いちゃってるのがいかにも怪しい。大体こういうワードがある選択肢は間違いで、実際は規模要件がある。
法第二条の4に、揮発性有機化合物排出施設は「排出量が多いためにその規制を行うことが特に必要なもの」と定義されている。

2。そのまんま。
3。水質汚濁防止法でもそうだけど、「どこか特定の場所」とわかってる時はその場所の県知事が出てくる。複数の県にまたがる(河川とか)とか、特にどこと定められないものは大臣がやる。
4。神戸の43号線沿いで測定してるの見かけたな。
5。そのまんま。県のことなので県知事が。



ここまで法律問題でした。ここまではそんなに難しくないな。


問6 

プロパンの燃焼反応

 C3H8 (気体)+5O2 (気体)→3CO2 (気体)+4H2O(気体)

において、ある温度・圧力における反応エンタルピーをΔH、反応に伴う内部エネルギー変化をΔUとするとき、ΔHとΔUの関係及びこれらの符号はどのようになるか。次の中から、正しいものを一つ選べ。ただし、気体は全て理想気体として扱うものとする。


いきなり熱力学かー……。
正直熱力学はまだよくわかってないので、答えを確認したら、3とのことだった。


燃焼、ということは発熱反応なので、プロパンから熱が外部に放出される。
出た熱の分だけエンタルピーは減るので、⊿H < 0なのはわかる。

エンタルピーの定義は H = U + pV。
圧力は一定なので、エンタルピー変化⊿Hは、

⊿H = ⊿U + p⊿V

と書ける。
変形すると、

⊿U = ⊿H - p⊿V

理想気体で圧力・温度一定なら、物質量あたりの体積は決まる (標準状態で1 mol = 22.4 L)。
反応式 C3H8 + 5O2 → 3CO2 + 4H2O から、反応後に物質量は増えているので、体積も増えるはず。(このへん自分でもそうとう怪しいこと言ってるような気が)
すると⊿V > 0となるので、 p⊿V > 0。
なら⊿U < ⊿Hといえるので、

⊿U < ⊿H < 0、という答えが出るので、正解は3。
こんなんでええんかなあ。さっぱり自信ない……


問7

容積5.00 Lの二つの密閉容器があり、一方の容器には気体Aが、もう一方の容器には気体Bが、それぞれ2.0 mol ずつ入っている。気体Aは理想気体の状態方程式に従い、気体Bは次の状態方程式に従うものとする。

 p(V-nb)=nRT

ただし、p は圧力、Vは体積、nは物質量、Rは気体定数、Tは絶対温度、b は温度や圧力に依存しない定数で、b = 0.050 L/mol である。気体A、Bの温度をそれぞれΔTだけ変化させたときの圧力変化をそれぞれΔpA、ΔpB とするとき、両者の比(ΔpA /ΔpB)はいくらか。次の中から、最も近いものを一つ選べ。

なんでこんな質問されてるのかよくわからん……

n = 2.0、V = 5.00。
気体Aについて、理想気体の状態方程式 pV = nRTから、
⊿pA = 2.0R(T + ⊿T) / 5.00

気体Bについて、状態方程式 p(V-nb) = nRTから、
⊿pB = 2.0R(T + ⊿T) / (5.00 - 2.0 * 0.050) = 2.0R(T + ⊿T) / 4.90

ふたつの比は、
⊿pA / ⊿pB = { 2.0R(T + ⊿T) / 5.00 } / {2.0R(T + ⊿T) / 4.90 } = 4.90 / 5.00 = 0.98

というわけで、答えは2。
もっと簡単に解けるかもしれないな。


問8. 10^5 Pa における融点が互いに等しい2 種類の物質A、Bがある。融点における固相と液相の密度を比較すると、Aでは液相の方が大きく、Bでは固相の方が大きい。圧力が10^5 Pa から増加すると、AとBの融点はそれぞれどのように変化するか。次の中から、正しいものを一つ選べ。ただし、この圧力増加に伴う融解熱や各相の密度の変化は無視でき、固相から別の固相への転移は起こらないものとする。


圧力をかけると、より密度が高い状態になろうとすると思うので、Aは液体になろうとする=融点が下がる、Bは固体になろうとする=融点が上がる、んじゃないのかな。つまり選択肢5。

答え見たら、5で正しい。
こんなんでいいみたい。


問9. 以下に示す芳香族化合物(ア)~(オ)のモノニトロ化反応において、ベンゼンに比べたそれぞれの反応性と配向性についての次の記述の中から、誤っているものを一つ選べ。


(ア)がN, N-ジメチルアニリン。(イ)はトルエン。
(ウ)は……N-メチルベンゼンカルボアミド? C6H5-NH-C(=O)-CH3
(エ)はクロロベンゼン。(オ)はベンゾニトリル。

答えを見たら、3の「(ウ)の反応性はわずかに低く、主にメタ体を生成する」が間違いとのこと。


反応性の強弱までよくわからないので、とりあえず配向性に注目してみると。

電子供与性がある官能基がついてると、オルト・パラ配向性を持つ。
トルエンのオルト・パラ位に3つNO2がついたらTNTになるわけだから、(イ)の配向性は正しい。
(ア)もまあ見た感じ電子供与性だと思う。
(ウ)はよくわからない。

(エ)のクロロ基は電子求引性だろうから、これはメタ体を作るんじゃないか……と思ったら、どうも共鳴効果でオルト・パラ配向性とのこと。
(オ)のニトリル基は電子求引性らしいので、メタ配向性になる。

困ったな、配向性が違うものはないかもしれない。ウはよくわからんが。


ところで、電子供与性の官能基がついてると、オルト・パラ位の反応性が高くなる。
電子求引性の官能基がついてる場合は、メタ位の反応性が高くなるんじゃなくて、オルト・パラ位の反応性が低くなるから、相対的にメタ位に反応しやすくなる、ということだそう。

そうすると、(エ)は反応性が低くなるってことはないんじゃないか……と思ったんだけど、ハロゲン基だけはオルト・パラ配向性でも反応性は少しだけ下げる。

こうなると、(ア)も(イ)も(エ)も(オ)も正しいっぽいので、(ウ)しか残らない。
この官能基が電子供与性ならオルト・パラ配向性のはずだし、電子求引性なら「わずかに低く」ってことはなく、少なくともクロロベンゼンよりは低くなると思う。


問10. ア~オのカルボカチオン(カルボニウムイオン;炭素陽イオン)、カルボアニオン(炭素陰イオン)、炭素ラジカルの安定性に関する次の記述の中から、誤っているものを一つ選べ。

(ア)がメチルカチオン。(イ)がイソプロピルアニオン。(ウ)がt-ブチルカチオン。(エ)がt-ブチルラジカル。(オ)がベンジルカチオン。

そもそも知らない言葉が多い問題なので、答えを見ると4の「t-ブチルラジカル(エ)は、メチル基の超共役で安定化されない」が誤っているとのこと。


とりあえずWikipediaのカルボカチオンのページを見てみた。
メチルカチオン(第一級カルボカチオン)が不安定というのと、t-ブチルカチオンが超共役で安定化される、というのは書いてある。1と3は正しいらしい。

Wikipediaの科学関係の記事ではいつものことだけど、素人が読んでもよくわからない超共役の記事も読みつつ。
t-ブチルカチオンだったら、中央の炭素に電子がひとつ足りないところ、周りのメチル基が電子供与性だからある程度補われてる形になって、それなりに安定する……みたいのが超共役ってことでいいのかな。
だから、メチルカチオン<エチルカチオン<イソプロピルカチオン<t-ブチルカチオン、と超共役の効果が大きくなって安定すると。
メチルカチオンは何も安定化する理由がないから、そりゃ不安定と。

2のイソプロピルアニオンは、アニオンなんだからメチル基から電子を供与されて云々、というのは関係なかろうと思う。

5については、ベンゼン環のπ電子が-CH2の方まで回って安定するというような話。

4のt-ブチルラジカルは、よくわからんかったのでわかる人に聞いたら、これも超共役で安定化するそう。選択肢の記述が間違っているので、これが正答。
電子供与性とかの話じゃないそう。

ラジカルの電子は自由に動けるので、中心の炭素から他のメチル基に行ってる共有電子と、入れ替わり立ち代わりみたいな状態(ベンゼン環でπ電子が動きまわる結果、二重結合と単結合がぐるぐる変わってる、という厳密には違うらしい解釈と同じ感じで)になって、メチル基がない方向にも安定して存在できるようになる……みたいな説明を聞いたと思う。
まあ解釈違いかもしれんけど、とりあえず納得しておく。


問11. ア~エの化合物の構造と性質に関する次の記述の中から、誤っているものを一つ選べ。


難しいので答えを見たら、5が正しいとのこと。

(ア) BF3、(イ) NH3、(ウ) PH3、(エ) AsH3

BF3については、B(ホウ素)は炭素のひとつ手前の原子番号だし、最外殻電子は3つ。
そうすると、3つ単結合ができたら電子軌道はsp2混成軌道になると思う。
素直に平面に120度ずつで結合するんじゃないかな。
双極子モーメントって、まあ極性のことでいいと思うので、これなら無極性。

NH3が三角錐型なのは知ってるけど、これは最外殻電子が5つだから、3つ単結合ができたら、その3つと余った方向とでsp3混成軌道を持つ、って話と思う。

ただ、余ってる電子が、結合してる電子と反発しあってしまう。
すると、余剰な電子が多くなるほど、他の共有結合どうしの角度が押されて、sp3混成軌道の角度より小さくなる。
原子価殻電子対反発則、というそう。

sp3混成軌道の各軌道の角度は109.5度。
「p軌道のなす角」って90度のことだろう。x, y, zの各軸において中心から両側に向けてボールがついてるような軌道がp軌道なので。

原子価殻電子対反発則が強く働いて、まあ大体100度以下くらいまで狭められてしまうようなら、「sp3混成軌道よりもp軌道のなす角に近い」ということになる。
アンモニアだと、窒素に余ってる電子なんて2つしかないので、角度は対して変わらない。108度になるだけだそう。
しかしホスフィン(PH3)アルシン(AsH3)だと余ってる電子はかなりうじゃうじゃ居そうなので、だいぶ角度は詰まってしまうんだと思う。見るとPH3で93.5度、AsH3で91.6度だそう。

こいつらは当然極性分子なので、どれも双極子モーメントは持つだろう。

そうすると、1~4はどれもおかしいところがない。

NH3は当然ルイス塩基で、
NH3 + H2O → NH4+ + OH-
となるんだったら、

PH3 + H2O → PH4+ + OH-
AsH3 + H2O → AsH4+ + OH-
となりそうなもんなので、(ウ)も(エ)もルイス塩基になるんじゃないの。


問12. 次の記述の中から、正しいものを一つ選べ。


ちょっとした単位の問題と思いきや、さすが計量士というか、いろんな単位のちゃんとした定義を知ってなきゃいけない。


「厳密に等しい」なんて記述は、定義と一致する表現のときにしか使えないと思う。

で、1 atm = 760 Torr = 760 mmHgなので、いきなり選択肢1が正しい。

選択肢2は、「1 atm = 10^5 Pa」なんて、どこにも一致するところがない。
選択肢3は、「1 Pa = 1N / cm^2」じゃなくて、1 Pa = 1 N/m^2。


選択肢4は。
bar、というのも、むかーし天気予報で聞いた記憶くらいしかなかったけど、1 bar = 10^5 Paだそう。
ということは、1 atm = 103.3 kPaだから、1 bar = 100 kPa。1 atm > 1 bar。

すると、理想気体の状態方程式から V = nRT / p。
nRTは一定だから、pが小さいほうが体積が大きい。
よって、選択肢4は逆のことを書いている。正しくない。


選択肢5は温度が違う。
800 mmHg = 800/760 atm = 20/19 atm。

V = nRT / pより、
n = 1, T = 273, p = 1なら、V = 273R。
n = 1, T = 273 + 25, p = 20/19なら、 V = 298R * 19/20 = 278.1R。

800 mmHgの方が体積は大きくなるので、選択肢5もちゃんと間違い。



実は「Torr (= mmHg)なんて単位が厳密に定義できるわけがない」なんて考え過ぎてしまって、選択肢5まで律儀に確認してしまった。

やっぱり計量士の試験なんだから、気圧以外も含めて、単位はおさらいしておくべきかな。


問13. 以下に示す平衡反応に関する次の記述の中から、正反応が発熱過程である場合に必ず当てはまるものを一つ選べ。

A ⇄ B


とりあえずA→B + x kJの発熱反応だったら、温度が上がると正反応は遅くなって逆反応は速くなるように思う。
選択肢2, 3はあべこべ。

平衡時の量にしても、温度が上がれば正反応が進みにくくなって、Bの生成量は減る。
4は正しそう。5はあべこべ。

1はどうなんだろう。
速度は遅くなるけど、Bの生成量は減って、平衡するまでの反応の量は減る。
まあ、問題文が「必ず当てはまる」とあるので、速度が遅くなる以上に生成量が大きく減って、結果的に早く平衡に達するような場合もありうるのかもしれないなあ。

ということで正解は4だった。


本当は反応速度論とか化学熱力学とかに基づいて考える問題なんだろうかなあ。


問14. ある難溶性無機塩A3X2 を一定温度で水に加えてよくかき混ぜたところ、一部が溶けずに残り、A(2+)とX(3-)を含む飽和溶液となった。用いたA3X2 が全て溶けていれば1×10^-5 mol/Lの溶液となるはずであったが、実際には20%が溶け残った。この塩の溶解度積を求める計算式として最も適切なものを、次の中から一つ選べ。ただし、A3X2はA2+とX3-のイオンの形でのみ溶解するものとする。


ものが難溶性塩なので、水に入れると、
A3X2 ⇄ 3A + 2X
という形で、平衡状態になって電離する。

溶解度積Ksp = [A]^3 × [X]^2で求められる。
[ ]でくくってるのはその濃度。

溶けたA3X2は80%なので、[A3X2] = 0.8 × 10^-5 mol/L。
[A]は、A3X2の3倍の量ができているので、 2.4 × 10^-5 mol/L。
[X]は、A3X2の2倍の量ができているので、 1.6 × 10^-5 mol/L。


[A]^3 = 2.4^3 × (10^-5)^3。
[B]^2 = 1.6^2 × (10^-5)^2。
[A]^3 × [B]^2 = 2.4^3 × 1.6^2 × (10^-5)^5。

ということで、選択肢3と一致した。


問15. 環状構造をもつ構造異性体が存在する化合物の分子式を、次の中から一つ選べ。ただし、電荷をもった構造は除く。


選択肢1はC2H4なんてエチレン以外ないので違う。

環状というと、シクロアルカンかベンゼンか。
シクロアルカンならCnH2n、ベンゼンならCnHnになる。
環状部の他になにか直鎖で残る部分があるならば、環のHが-1され、残りがアルキル基ならCxH2x+1となって、余る原子がなくなる。

選択肢2のC8H16Oならどうだろう。
ベンゼン環とアルキル基とすると、C6H5-C2H11O、と水素が余り過ぎ。
シクロヘキサンとアルキル基とすると、C6H11-C2H4OHという形が取れそう。
C6でなくてもC3~C7まで同じように取れるし、C8H15-OHとしてもいける。

選択肢3はC10H21F。
ハロゲンは単に水素を置換したものとみなせばいいだろうから、C10H22。
これだと、環状部のないアルカンなら普通にC10H21Fが作れるけど、環状部を作るとどうやっても水素が余る。

選択肢4のC14H29Clも、C14H30と同等と見て、やはり直鎖でないと水素が余る。

選択肢5のC19H40も水素が余る。

よって選択肢2が正解。
これは難しくないな。


問16. 以下に示す化合物がイス形構造をしているとき、臭素原子がエカトリアル位にあるならば、アキシャル位にある水素原子の数はいくつか。次の中から、正しいものを一つ選べ。


まだ勉強してないので、立体構造の話をされると辛いのだけど。

イス型って多分あれ、横から見たら∫みたいに互い違いに折れ曲がってるやつだろう。
Wikipediaで見たら、垂直方向に出てる結合手がアキシャルで、別方向なのがエカトリアルだそう。

臭素原子がエカトリアルだとすると、付け根の炭素原子から出てる結合手は三角錐の頂点方向だろうから、水素の方をアキシャルと考えるのが素直かと思う。
全部エカトリアルなんてことはないんだろうし、どれかひとつエカトリアルかアキシャルか決めないと全体も決まらないんだろう。

環の見えてる側を表面として、臭素原子のついてる炭素が裏面側に折れてると考えて。というか、そうとしか考えられないか。

そこから時計回りに隣の炭素は、下の塩素原子は図の角度からなら右手前側に出ていて、水素原子は真上に出る。ふたつめ。

その隣の炭素は、上の塩素原子が左手前側に出ていて、水素原子が真下に出る。みっつめ。

その隣は、図の下側に書いてる水素原子が左下側に出ていて、上側の水素原子は真上に出る。よっつめ。

その隣は、上の塩素原子は右奥側に出て、水素原子が真下に出る。いつつめ。

最後の酸素原子は考える必要もないので、正解は5になる。
この程度なら知ってりゃ難しくはなさそうだ。


問17. カルボン酸を生成しない反応を次の中から一つ選べ。


選択肢1。
安息香酸エチルと水酸化ナトリウムだと、C6H5-COOCH2CH3 + NaOH → C6H5-COONa + CH3CH2OH、になるのかな。まあエチル基も安息香酸エチルでいるよりは、エタノールになりたい気がする。
でもってナトリウムの方が水素よりイオン化傾向高いだろうから、安息香酸ナトリウムでいるよりは安息香酸でいるほうが落ち着くんでないか。
まあこれなら生成するんでは。

選択肢2。
こんなんカルボン酸と関係ある……?

選択肢3。
エステル化して酢酸メチルができる気がするんだけど……
あれ?と思って調べたら、無水酢酸なので、
 CH3C(=O)-O-(O=)CCH3 + CH3CH2OH → CH3COOCH2CH3 + CH3COOH
となって酢酸もできてる。
その酢酸がまたエタノールと反応して酢酸メチルになっちゃうっぽいけど、まあ最終的に生成されるのが、という限定はないので。

選択肢4。
CH3CN + 2H2O → CH3COOH + NH3、となるらしい。

選択肢5。
酸化クロム(Ⅵ)なら
C6H5-CHOをCrO3と反応させれば、まあ酸化して安息香酸になんのかな。
2C6H5-CHO + 2CrO3 → C6H5-COOH + 2Cr2O3 + O2、とかでいい?
ググるとクロム酸酸化というらしい。

ちゃんと理屈をわかって解けるべき問題だろうけど、どうもちゃんと理屈のついてないところがあるな。
時間もないから、何度もやって慣れで解くしかないか。


問18. 1 mol/L硫酸水溶液中、1 mol の過マンガン酸カリウムで何mol の酸化ひ素(Ⅲ)が酸化されるか。次の中から、正しいものを一つ選べ。ただし、反応は副反応を伴うことなく定量的に進行するものとする。


過マンガン酸カリウムの酸化反応って、酸化還元滴定を実際にやったりまでしたのになあ。
なんか、やるたびに悩んでる気がする。習熟てきてないな。

先に答えを見ると、4の5/4 molが正答。


とりあえず、過マンガン酸イオンの半反応式は以下。
MnO4(-) + 8H(+)  + 5e(-)→ Mn(2+) + 4H2O

酸化ヒ素(Ⅲ) As2O3が酸化されるとすると、As2O5になるみたいなんだけど、足りない酸素原子をどこから持ってくるかというと水しかないか。
As2O3 + 2H2O → As2O5 + 4H(+) + 4e(-)

半反応式を合わせると、

4MnO4(-) + 32H(+)  + 20e(-)→ 4Mn(2+) + 16H2O
5As2O3 + 10H2O → 5As2O5 + 20H(+) + 20e(-)

4MnO4(-) + 5As2O3 + 12H(+) → 4Mn(2+) + 5As2O5 +6H2O

ということになるのか。
では、過マンガン酸カリウム1 molに対して、酸化ヒ素(Ⅲ)は5/4 molが酸化される。


硫酸の濃度がわざわざ書いてるから、もしかして水素イオンの消費量についても考えなきゃならんのかと思ったんだけど、総量の指示はないから、濃度だけじゃ水素イオンの量なんて決まらないね。
単に、1 mol/Lなら濃硫酸じゃなく希硫酸だというだけのことと思う。
あんまりpHが高すぎるような条件だと、過マンガン酸イオンの酸化反応がまた違ってくるみたいで。


問19. 二酸化炭素と同数の非共有電子対(ローンペア)をもつ分子を、次の中から一つ選べ。


二酸化炭素なら、O=C=Oとして、両側のOに2組、合わせて4組の非共有電子対がある。

選択肢1はアンモニア。NH3だとNに1組あるだけかな。
選択肢2は塩化水素。HClだとClに3組。
選択肢3は水。H-O-HだからOに2組。
選択肢4は酢酸ときたか。CH3-C(=O)-O-Hだと、(=O)に2組、-O-に2組でいいんよね。
選択肢5はメタン。これは非共有電子対はない。

じゃあ4の酢酸で。
これは難しくない。


問20. 分子の電磁波吸収に関する次の記述の中から、誤っているものを一つ選べ。


詳しくは知らん話なので答えを見ると、正答は2で、「遷移する準位間のエネルギー差が大きいほど、吸収される光子数は多くなる」が違うらしい。
まあ、蛍光光度計なんかで、吸光して励起して基底状態に遷移しつつ発光する……といった話を聞いてる時、光子の数を云々した記憶はない。
よりエネルギー差が大きいなら、より波長の短い=振動数の多い光を吸収してるんじゃないかな。

大気中の二酸化炭素を赤外線吸光をもって測ったりするけど、それはC=Oの結合が赤外線を吸収するんだ、と聞いたことがある。
電子遷移は、光のエネルギーを受けて電子が外の軌道に移っちゃうような話と聞いてるので、上の話より小さいスケールの話だから、赤外線より波長の短い紫外可視光で起こりそう。
マイクロ波は赤外線よりさらに長い波長のものだから、分子間の結合より大きいスケール、分子そのものの運動に対して起こりそう。
3~5は、こんな認識でよければ順当な話っぽい。

1はまあ、アタリマエのこといってるだけ。

役に立たないと評判の「環境計量士への近道」、買ってしまってる(第10版)ので調べてみると、「2.11.1 電磁波」の項に、びっくりするほど簡単に解説がある。

X線では、内殻の電子と相互作用して、吸光・蛍光・回折が起こる。
紫外・可視光では、原子の外殻電子や分子軌道電子に相互作用し、吸光・発光・蛍光が起こる。
赤外線では、分子振動に吸収される。
マイクロ波だと、磁場中不対電子に吸収されたり、分子の回転に吸収されたりする。
ラジオ波になると、磁場中の原子核に吸収されるとのこと。

ほんとにそれくらいしか書いてないので、これくらいの理解でいいんかなあ。
「近道」に載ってないこと、載ってるより高いレベルのことってバンバン出題されるけども。


問21. 異なる同位体から構成される一酸化炭素、(12)COと(13)COとを比較した場合に、(12)COのほうが小さい値となるものを、次の中から一つ選べ。なお、O(酸素)には質量数16 の同位体だけが存在し、(12)COと(13)COはそれぞれ純度100 %の理想気体であるとする。


選択肢1は、別に炭素の原子核の中性子数が変わったって、理想気体扱いなら状態方程式pV=nRTに変わるところはないだろうから、同一温度・圧力・体積なら分子数nはいっしょ。

選択肢2は、内部エネルギーは温度のみによって決まるから、どちらも同じになるべき。
かつ、内部エネルギーは分子の運動エネルギーの総和だから、分子の質量が大きくなると運動エネルギーも大きくなる。ということは、質量が大きい(13)COの方が速度を下げないと、内部エネルギーが一致しない。
ということは、(12)COの方が分子の並進運動の早さは大きい。

選択肢3は、これも2CO + O2 → 2CO2の反応に中性子数は関係しないだろうから、生成量はいっしょ。

選択肢4は、運動するなら質量が大きくなると速度は下がるだろうから、(12)COの方が振動速度が速くなって振動数は大きくなる。

選択肢5は、同じ加速度を与えるなら、質量が大きくなるほど大きい電場が必要だろうから、(12)COの方が電場は小さくてすむ。

ということで、選択肢5が正答。


問22. よう素及びセシウムの放射性同位体(131I:半減期約8 日、137Cs:半減期約30 年)に関する次の記述の中から、誤っているものを一つ選べ。


選択肢1。セシウムもアルカリ金属だから、負荷電の成分と結合しそう。

選択肢2。崩壊の仕方が同じだったら、半減期早いほうが放射能は高い気がする。

選択肢3。(131)I / (137)Cs だったら、そりゃ減るのが遅い方が分母なんだからどんどん低下するよね。
選択肢4。これはよく言ってる話なので。
選択肢5。どっちも存在する。

よって2が誤ってるので正答。
放射線とか原子核崩壊とかについてはちゃんとした知識はないけれど、これくらいならまあ。


問23. 炭素の同素体に関する次の記述の中から、正しいものを一つ選べ。


選択肢1。
ケイ素に3価の元素(アルミニウムとか)を混ぜたら、正孔を持つp型半導体になるけど、炭素でも理屈ならあるような気はする。実際あるかは知らない。
ぐぐったら、夢ではないらしい

選択肢2。π結合なら電気伝導性はあるんじゃないかな。
選択肢3。シート間は単にファンデルワールス力でしか結合してないから剥離する。σ結合って共有結合の単結合なんだから、そんな強い結合なら剥離はしない。
選択肢4。sp2混成軌道できっちり120度だったら、平面にしかならない。
選択肢5。カーボンナノチューブはチューブ状になってるから、一直線になんてなってない。

選択肢1が正しい。


問24. 化学結合や分子間相互作用の強い順として、次の中から、正しいものを一つ選べ。ただし、典型的な強さで考えるものとする。


これは悩むまでもなく、共有結合>水素結合>ファンデルワールス力による相互作用、だから答えは選択肢1。


問25. ある単原子分子理想気体の体積を変えずに、温度を300 Kから420 Kに上げた。この分子の420 Kにおける平均運動エネルギーは、300 Kのときの何倍になるか。次の中から最も近いものを一つ選べ。


平均運動エネルギーだったら内部エネルギーと比例関係だろうから、内部エネルギーなら温度に比例するので、単に1.4倍でよし。
平均運動速度とかいわれるともう少し変わってくるけれど。

答えは選択肢2。



うーむ、実戦では1時間10分で解かなきゃならんのだけど、知らないこと調べてたら10時間はかかったな……
この科目は知識問題が中心みたいだから、数こなして覚えれば対応できるか。

《祝100号》まんがタイムきららキャラットを独自指標で分析する

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2014年2月号(13年末発売)で100号を迎えたまんがタイムきららキャラット。

私が萌え4コマを読むようになったとき、最初に手をとったのもキャラットだった。
2009年9月期の「GA」のアニメ版観てからなので、ちょうど50号くらいから読んでることになる。
キャラット史の半分くらいは観てきたことになるのだなあ。


節目ということで、また前やった掲載状況調査でもやろうかと思ったのだけど。
前は「載ってるかどうか」でデータを取ったから見えないことが多かった。
それで、かなり手間は掛かるんだけども、もっと対象データを増やして改めて集計しなおした。

前回までは、各作品の「掲載の有無」「表紙を飾ったか否か」「ゲストか否か」「姉妹誌からのレンタル掲載か否か」「(目次に告知あっての)休載か否か」を集計していた。
今回はそれに加え、「各作品の掲載順」と「カラーページがあるか」を追加。

まー、掲載順データを取るには、もう全部やり直すことになるんだけど。
手元に残ってるキャラットの56号(10年6月号)から100号(14年2月号)まで、事故で紛失した12年3月号を除いて、全部やり直しましたともさ。





掲載順を人気指標にする


きらら系の雑誌を読んでると、人気があるらしい作品ほど前に載っている傾向が見られる。
……という印象はあったんだけど、ちゃんと掲載順をデータとして撮ってみると、よりもっともらしく示せるのだ。


ただ、やっぱり掲載順の数字そのものを直接データとして使うのは難しい。

なにより、センターカラーの作品が、毎月4作ある。
かなりシステマティックに、5, 9, 13, 17番目に掲載される作品がセンターカラーになっている。例外はわずかだった。
「GA」「ひだまりスケッチ」「Aチャンネル」「キルミーベイベー」が現在のキャラットでは飛び抜けた人気作だけれど、これらでさえ9番目でセンターカラーを取ることがある。
これを単に9という数字で見るべきかどうか?

そこで、掲載順を独自の計算式で人気指標に転換してみることにした。

まず、カラーが4作ごとに挟まれることから、4作ごとに区切ってみる。
1~4、5~8、9~12、13~16、17~20、21~24、25~。

で、どんな作品がカラーに選ばれているかを見ると、特に5番目のカラーには、表紙&巻頭カラーの作品に次ぐものが来ているように見える。
巻頭が一番多いのはAチャンネルだけど、これは5番目カラーも多い。ひだまりスケッチも同様で、こちらは巻頭より5番目が多い。
「ごきチャ」「ぱわーおぶすまいる。」といった伸びの良い後続組も、まだ巻頭はなくても5番目になることがでてきている。
一方で、あれだけ名脇役の「はるみねーしょん」は、(あまりカラー向きの作品でないにせよ)ほぼ5番目にくることがない。「セカイ魔王」なども同様に、9番目はあっても5番目はない。
どうも、5番目という立ち位置はかなりスペシャルで、巻頭カラーに次ぐ位置があると見てよい。

このへんのことから、区切り目をずらして、カラー作品を上位組に含ませる。
1、2~5、6~9、10~13、14~17、18~。
巻頭カラーの作品が別格になるのも、わりと実態に沿うと思う。

さらに、カラー作品には加点して、以下のような格付けになるように式を立てる。
1 > 5 > 2~4 > 9 > 6~8 > 13 > 10~12 > 17 > 14~16 > 18~

5 - { (掲載順 + 2) ÷ 4 } ただし0以上、という式を基本として、カラーページなら0.5を足す、という計算でそのようになる。
巻頭で5。5番目センターカラーで4.5。2~4番目モノクロで4。9番目センターカラーで3.5……と数値化されていく。

この値をここからは「指数」と呼んでいく。


全体的な集計


とりあえず連載作品について、集計してまとめた。
ゲスト作品、集計区間に終わり際の数回だけ引っかかった作品、末尾が定位置の竹本泉は除外した。

クリックで拡大
指数の平均値が、今回の集計区間における人気を表すことになる。

隣のs-evは標準偏差で、指数のばらつきを表す。(ガウス分布を取るような値じゃないので適切じゃないけれど)
この値が大きい作品は、掲載位置が前後に不安定か、人気が上昇または下降している。


横に「一次回帰」とあるのは、号ごとの指標の推移を直線で表したときの傾きと切片。
y = ax + b の式で、x に号数、a に傾き、b に切片を代入して y を求めると、第x号における指数が予想できる。

「ぱわーおぶすまいる。」の2014年12月号(110号)であれば、
y = 0.056 * 110 - 1.849 = 4.311
と出るので、年末には5番目センターカラー、あるいは表紙を獲るところまで伸びてるかもしれない、という夢のある予想ができる。(あんまり精度の高いもんではないです)

若い連載で傾きが±1.0もあるようなら、人気は変動中。
今回分だと「NEW GAME!」「ののかのーと」「だいたいこんなンで?」あたりは伸びてる。

「ぱわーおぶすまいる。」と「ごきチャ」は2巻も出てる長い連載で、もう上位陣と伍してる掲載位置だけど、それでもなお+0.06前後で上昇中。
この2作に力があるのは見た感じでわかるけれど、数字で表すとそういう感じ。


さらに隣に、単なる掲載順でもって同じように処理したデータがある。
これだと平均値が小さいほどよいことになるけど、やっぱり5番目センターカラーが多いひだまりスケッチが、キルミーベイベーの後塵を拝することになっていて、どうも実態と異なる感がある。



作品別推移



Aチャンネルに9ヶ月連続表紙の時期があるけれど、2010年12月号から11年8月号まで。
アニメ化発表が10年12月号(10月末発売)で、アニメ放映が11年4~6月なので、発表から放送終了まで大いなるきらら力(ちから)が働いていた。

キルミーベイベーだって12年1~3月にアニメやったのだが、そこまでの扱いは受けていない。。
放送期間には77号~79号が発売されて、その前後に扱いが向上してるのは確かだけれど。

ひだまりスケッチハニカムの放送期間に発売されたのは、86~88号。
大きな変化なしか。これは単に、もう上がる余地が少なくて、持ち上げようがなかったのかもしれない。
むしろアニメ終了後に掲載位置がちょっと下がり(6番目なんだけど)、さらに休みが増えた。
内容的にももう幕引きを待つだけみたいで、寂しいことだけどその日は近そう。

GAは、Aチャンネル総力戦の時期を除いて、ゆらぎなくトップを張り続けている。
巻頭カラーに対してセンターカラーが少ない傾向にある。絵のクオリティが極端に高くて手間かかってそうだから、2ページのセンターカラーだけというのは半端な起用になるんかもしれないな。



アニメもきらら本誌での連載も終わった後、突然のリバイバル、それもスピンオフの後輩編が始まった「けいおん!」。
しかし分家の意地というのか、表紙にしたこともなければ、5番目センターカラーもたった2回だけ、連載開始時はセンターカラーだが9番目。
自前の看板4作品より上にはしてやらん、というキャラット力(ちから)が働いたのか。



近頃盛んなる二作。

最近1年くらいに関しては、「ごきチャ」のほうがすこし高いところで安定してるだろうか。
ごきチャの場合は、そりゃ高く扱われて当然だろうと思わせる質の高さなので、まあこうあるべきよね。
マンガの内容は違うけれど、アニメ化はしなかったもののトップを張り続けて締めた「CIRCLEさ~くる」の立ち位置に納まってる状態かな。


ぱわーおぶすまいるは、テレビCMでタイトルがコールされてるし、内容的に見てもアニメ化あるのかなあ、と思ってるけど、まだすこし早いか。
確か2巻出たくらいで早々アニメ化されたのって、Aチャンネルくらいだったと記憶しているんだけど……。(ここ確認せず発言)
「桜Trick」は3巻あたりでアニメ化になってるので、ぱわーおぶすまいるも3巻の頃に調子良ければアニメあるかも。

また、キルミーベイベーのアニメ化前の動きを見ると、指数4、モノクロだけど2~4番めの位置に掲載される状態が続いて、そして表紙取ってアニメ化発表、とあった。
それで見ると、もう少しだけ位置が上がりたい。今はたまにぽろっと後ろに下がる月がある。



あげつらいたいわけじゃないけれど、かつて一線級にいた「ラッキーブレイク」。
個人的には、キャラの識別ができなくてうまく読めない作品なもんで、内容的には「もう最終回目前らしい」ということくらいしかわからないのだけれど……

連載作品は、終盤で掲載位置が後方に下がっていくことも多い。
まあ、正直いって単に失速して人気も落としたっぽいものがないとはいわないけど、萌え4コマの場合、割と毎月同じようなことやってる作品が多いので、内容的な急失速なんて起こりにくい。吉本新喜劇にびっくりするようなハズレ回がないようなもんで。

なので、こうまで極端に下げてるのは何らかの編集意図なのかもしれない。
「CIRCLEさ~くる」なんかは、それほど下がることなく長い連載を終わらせてたものだけど、何か違う理由でもあるのかな。


風変わりな内容の、中堅・長期連載の2作。

この2作はどちらもかなり上下動が激しい。
まあ、どちらも萌え4コマとして異色なところがあるから、ある意味どこに載ってても浮いて、2番目だろうと23番目だろうと存在感に大差が出にくい気はする。
よって、人気で掲載位置を決めるというのとはすこし違うかも。

青が「平成生まれ」、赤が「平成生まれ2」

異色作といえば、の「平成生まれ」。
個人的にはものすごく好きで、毎回毎回楽しみにしてたんだけれど、まあ人気作というわけではないことくらいは感じてはいた。
グラフにしてみると、思った以上に後ろに追いやられてる作品だった……

が、「平成生まれ2」なんて、まさかのカムバックという「けいおん!」並みの偉業を成し遂げてしまった。
復活の報を聞いた時には、HRS(平成生まれ・リアリティ・ショック)で腹筋が実際爆発四散しかけた。
そして復活したと思ったら、まさかの5番目センターカラーを分捕るという快挙。
もうこうなったら次はアニメ化だな。


キャラットのギャグ漫画だと、キルミーベイベーとはるみねーしょん、今では平成生まれ2まで加わって、強烈なのがドンと存在感を見せてるところ。
だけど、「ひとより××」とか「もうダメかもしれない」あたりの、大物でなくともちょっとヘンなセンスのギャグ漫画が、スパイス的に雑誌にいい味を出したりする。

ぶっちゃけ、あまり面白くない作品って、そもそも眺めていても何の印象も残らないようなのが多いので、雑誌の後ろのほうがそういうのばっかりだと、本当に流れるように流し読みしてしまう。
そこに、スパイス的に変なマンガがまじると、流れが止まる。
そして後続の作品に、もうちょっとちゃんと目を通せるようになる。そういう感じ。

「ひとより××」の永深ゆうが、今は「だいたいこんなンで?」をやってくれてるけど、もう少しこういうの欲しいね。今の18番目以降って、かなり目が流れやすいと思う。
「もうダメかも……」のかにかまが、「それでも私は耕したい。」という変なマンガをゲストで載せてくれたものの、連載にはなれなかったらしく四ヶ月経過。




「九十九神いりませんか?」は、なぜこれがこんなに早く終わったんだろう、ということで印象に残る作品だった。

初出は後ろのほうのゲスト。あまり恵まれた船でではない。
しかし読者アンケートがよかったのだろうか、たった1回ゲストをやったと思ったら、すぐ連載化。
そしていきなり指数4、2~4番めの位置に掲載されて連載スタート。
と思ったらあれよあれよと滑り落ちてしまった。

絵も内容もよかったと思うし、連載開始時の扱いから見ても、編集側の評価が低かったとも思いにくいんだけど、どうしてこうなっちゃったんだろうなあ……


さて、そろそろ最後にするとして、近頃の新しい連載作品で、掲載位置が上昇傾向にある2作品。
「NEW GAME!」「ののかノート」ともに、ゲスト掲載時より連載で上の位置に上がり、今のところ落とさずに伸びていられている作品。
この調子を続けていけるか?



キャラットって、あまりにも上にいる作品が厚すぎて、上と下の格差が大きい傾向は以前からあるように思う。
大体50~90号くらいにかけて、その上位陣のアニメがどんどん放映されて、華やかな時代を迎えていた。
好景気時代みたいなもんで、上が華やかなら少々格差があっても、下も恩恵を受けて賑やかになるものだ。

しかし100号の今、上位陣のアニメ化は一巡してしまった。そして景気の波はMAXに行った。
まあ、Aチャンネル2期とかでカンフル打ったりはできるだろうけど、101号からはしんどい時代が来そう。
どうなることか。
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